the TOWER of IVORY

あなたたちの耳が長いのは、神の代わりに世界の声を聞くため

「やっていき」のシスターフッド:高島鈴「景観を穿つ」を読む

 

1.

www.elabo-mag.com

 

 

皇居の気持ち悪さ、というTwitterでの惹句からして魅惑的な、高島鈴@mjqag)さんの新しい記事(上記リンク)を読んだ。気持ち悪さを引き起こすさまざまな暴力の象徴であるはずの皇居での、拍子抜けするほどなにもなかった経験。その景観のなかには、やたらにこにこ顔の警備員や互いに写真を撮り合う老いた男女、楽しいピクニックにやってきたような人びとの集る、奇妙な和やかさがあった。

 

私たちは景観というものを身体的に内面化していて、国家や行政機構はそれらに埋め込まれた装置を通してあたかもそれが当然であるかのように暴力を行使する。アンジェラ・デイヴィスの米国での産獄複合体とその廃止運動に関する仕事を引きながら、こうした暴力機構を形成している景観を疑う必要性を指摘するとともに、高島さんはその一部分たる自分には景観の書き換えが可能であるという(ex. デモという場における民衆)。景観のなかで、私たちは無力を感じているときですら抵抗の主体であること、それゆえ革命を信じて生きよという檄文をもって鼓舞することで文章は終わる。

 

 

2. 

そもそも、私が高島さんの檄文を受け取るのはこれが初めてではない。たとえば『文藝』2020年秋号のシスターフッド特集では、「蜂起せよ、<姉妹>たち シスターフッドアジテーション」でその先頭を切って家父長制社会に対する闘争を煽動する(※1)。冒頭において、高島さんはやはり強い呼びかけのレトリックに拠って、革命のスタイルとその道行きにある自分を想像することを促す。

 

この文章では、ベル・フックスの論考に基づいて利害と信念による連帯を志向し、鉤括弧つきの「シスター」を巻き込んでいくすべとしてのシスターフッドが論じられるが、さらに特徴的な主張として、シスターフッド自体をむしろ純粋な「戦略」として捉えなおし、寄り合っては散る意図的な連帯の繰り返しを奨めているという点がある。

 

アナール学派の宗教史家、ミシェル・ド・セルトーの『日常的実践のポイエティーク』では、権力的秩序に対する民衆的実践の知のあり方を、「戦略」に対置する「戦術」としてさまざまな事例に適用して検討している(※2)。セルトーのいう「戦略」は一定の固有の領域を前提とし、決まった目標(標的)に対して合理的に作戦を立てて取り組んでいくものという捉え方がなされている。

 

他方、「戦術」は特定の場所には依存せず(できず)、それゆえ他者との境界線があいまいなまま、機をみてその場を乗っ取るようなやり方を示している。「戦術」としての弱者の日常的実践には、ほかにたくらみ・術策・技芸・密漁…といった魅力的で示唆に富むレトリックが充てられる。異質(エトランジェ)で周縁的な存在、固有な環境を持たずいつでも他者の領域に存在するしかすべをもたない弱者は、「戦略」ではなく「戦術」を用いてなんとか「やっていく」しかない。

他者の占有する場を「借家に住むように」密漁してまわり、「つかの間の舞踏をおどる」。フックスや高島さんのシスターフッドの実践を俎上に載せる場合、それはセルトーの分類にならえばむしろ後者の「戦術」に近い感覚がある。

 

こうして照らし合わせた際に用語上の齟齬はあるものの、高島さんのアジテーションは周縁的な場所にあって下を向いて過ごしている私たちを蜂起へ駆り立てるような雄弁な語りであるだけでなく、生き延びの「日常的実践」=「やっていき」の技芸のすすめとして、ある種の託宣、オラクルとして心に入り込んでくるようなものでもあるのだろう。そういう「やっていき」かたをしてもいいんだ!と、目を見開くような。

 

 

3.

しかし、高島さん自身は『ヒップホップ・アナムネーシス』への寄稿「あなたは私に耳を貸すべきではない」において、自身の強い語り口について危うさを表明してもいる(※3)。外部者として見つめるしかないホモソーシャルな場への憧憬、男性性を纏った語りの、攻撃性と前へ突き進むようなパワー(=暴力性)を亢進させる力強さへの嫉妬…。特に高島さんはヒップホップ「村」と関わる経験のうちにその葛藤を見出す。

 

4月27日の高島さんが登壇したDOMMUNEのイベント(『アンジェラ・デイヴィスの教え〜自由とはたゆみなき闘い』に教わったこと)では、(そもそもの番組放送の経緯がそうした問題を孕んだものであったにもかかわらず or であるがゆえに?)発話の場におけるジェンダー的偏りが業界のマターとして完全に露呈する形になってしまっていた。番組中/番組後の男性当事者の対応も問題の所在を取り違えたままであり、適切ではなかった。ホモソーシャルなあり方を内省しようとしない頑なさ、あるいはこうした場を醸成している構造の硬直性に直面したとき、私たちにできることはあるのだろうか(※4)。

 

高島さんのホモソーシャルな場に対する愛憎の表明に、個人的にはかなり共鳴するものがある。大学~大学院時代、ディスクガイドをいくつも買っては必死にクラシック・ヒップホップをいわば後追いの形で「勉強」したこと。対人オンラインゲームで部活動的なコミュニティを形成するのに何年も熱を上げたこと。現在に至るまで、いかなるコミュニティにおいても居場所を見出せずにいること、といった経験が思い出されるからだ。

 

 そうして3年ほど前に辿り着いたのがKPOPの世界だった。KPOPというメディアを通して触れるジェンダー表象を通して、これまで自明で動かしがたく恒常的なものと思っていた「景観」が、実はぜんぜんそんなことはないのだと初めて気づかされた。二元的な世界の間に自分がいるのではなく、そこにはただ無数の差異があるだけだった。

人気コンポーザー集団MonoTreeのファン・ヒョンが「(呼びかけには)heやsheじゃなく그(that)や너(you)を使うようにしている」と語るように、作り手もまたクィア的な読み方がなされることをある程度は意識してプロデュースを行っているのである(※5)。

 

 

4.

 

KPOPにおける価値転覆の可能性は、社会的・文化的主題を扱った表象だけではなく楽曲の様式にも探すことができる。例えば、前回の記事(下記リンク)で取り上げたウィクリの"After School"には、衣装やダンスのコレオグラフィー、トラップビートを組み込んだトラックに至るまで、ヒップホップ的な意匠が多々散りばめられている。

 

towerofivory.hatenablog.com

 

ポップな曲調や寸劇調の振りつけ、相対的なラップパートの少なさや十分とはいえないラップスキル等から、この楽曲の特徴を「ヒップホップ"的"ではない」とすることは簡単だ。ブーンバップ爺ならそう言う。爺の基準では「リアルじゃない、ホンモノ以外のヒップホップはフェイク」なのだから(※6)。

しかし私はその爺に対して、上述した要素を無視して「ヒップホップではない」と断言することはできないのではないか、と言う。そして高島さんの論考を読んだ後なら、こう付け加えることができる。何よりプレイヤーとしてのウィクリは"After School"という楽曲の実践を通して、「戦略」的にヒップホップ的価値観の転覆に携わっている。ミソジニーが横行するホモソーシャルなヒップホップの固有な場を横道から乗っ取り、密漁し、そして書き換えるのだ、と。

4月にTiktokでバイラルヒットし、世界中でティーンの"After School Challange"動画を産みつづけているウィクリは、もしかすると既に布置の裁ちなおしを成功させているといえるかもしれない。

 

 

チョ・ナムジュの短編集『彼女の名前は』の中の一編に、同性のアイドルに「テレビ番組でエギョ(愛嬌)ポーズをしないで!」とお願いしに行く、ジュギョンという女性ファンの物語が入っている(※7)。現実に、アイドルを消費する永遠機関に取り込まれたファンダムの多くは、KPOP産業の搾取的な構造自体の批判には鈍重であるか無関心だ。この装置の中でアイドルにエギョしないでと叫ぶことは、ジュギョンなりの社会の横切り方であり、硬直した景観を前にして踏みとどまる勇気あるやり方だ。

 

KPOP産業の構造にもファンダムによる依然として男女二元的な表象消費のあり方にも嫌気が差していながら、私は価値を転覆するメディアとしてのKPOPに期待することをやめられないでいる。それならば、とり乱しながらも文章を書き続けることで、エトランジェとして自覚的に景観の攪乱に携わっていくしかない。私はいまやシスターとして高島さんの檄文に応じたのだから、「やっていき」の技芸に1つのバリエーションを付け加えることができるはずだ。

 

 

※1 高島鈴、「蜂起せよ、<姉妹>たち シスターフッドアジテーション」、『文藝』2020年秋号、pp. 58-64.

※2 ミシェル・ド・セルトー、『日常的実践のポイエティーク』、ちくま学芸文庫、2021年、pp.32-37、126-131.

※3 高島鈴、「あなたは私に耳を貸すべきでない」、『ヒップホップ・アナムネーシス ラップ・ミュージックの救済』、新教出版社、2021年、pp. 56-65.

※4 興味深いことに前掲書で部分引用されている瀬戸夏子「死ね、オフィーリア、死ね」は、2017年に総合誌角川『短歌』の時評で3ヶ月にまたがって連載された。歌人界隈では比較的大きなイシューとなったが、(主に男性歌人による)批判の多くは総合誌の時評という場における事例引用の適切さ・公正さといった部分に焦点を当てたものであり、歌壇の男性中心主義的なあり方とを検討することから目を逸らした反応だったといわざるを得ない。DOMMUNEでの高島さんに対する男性当事者の対応にもこの件と類似した構造を見ることはできないだろうか。

※5 田中絵里菜、「K-POPはなぜ世界を熱くするのか」、朝日出版社、2021年、pp. 223.

※6 "Zoom - valknee, 田島ハルコ, なみちえ, ASOBOiSM, Marukido, あっこゴリラ" valkneeさんのヴァースから。本人の説明?ツイートも参照。この文章ではvalkneeさんの定義からは離れてしまうが、爺をプレイヤー/非プレイヤー、老若男女問わず「リアルなヒップホップなるものが存在し、その枠に当てはまらないものはフェイクでダサい」という考えを内面化しているヒップホップ・ヘッズを指したい。

※7 チョ・ナムジュ、『彼女の名前は』、小山内園子・すんみ訳、筑摩書房、2020年、pp. 26-35.

「自由を歌い、瞬間に接続する方法」WeeeklyのAfter Schoolを鑑賞する

 

はじめに:Beautifulは2度唱えられる 

 

2021年のKPOPは、最初の四半期を終えてますます魅力的なリリースが続いています。楽曲のプロダクションの面はもちろんのこと、各アーティストがそのチームなり個人なり固有の魅力を存分に発揮できているような。また、音楽番組やコレオグラフィーのスペシャルクリップでのパフォーマンスが、楽曲をより一層それ自体たらしめるような。そんなリリースが次から次へと出てくるのです。

 

それはたとえば、生に突き動かされるまま張り上げるこの叫び全てはすなわち芸術、そうして生きている私とあなたはそれぞれにBeautifulでBeautifulなんだ、と歌ったONFの"Beautiful Beautiful"のような楽曲に強く感じました。

 

 


(MV)온앤오프 (ONF)_Beautiful Beautiful

 

 

ONF楽曲の制作を全面的に担っている制作チームMonoTreeG-Highは、チームのYoutubeチャンネルの動画 で"Beautiful Beautiful"について「自分のなかに入っていく感じ(の曲)」と話すのですが、言葉を継いだファンヒョンはむしろ他者との相互作用性を持ち出して「生自体、私たちが表現すること自体が芸術になりえるのではないか」「私は美しいと話しつづけることがすなわち、あなたも美しい、私たちは皆美しい存在だ(と認めていくことになるのではないか)」と話しています。

ONFはこのファンヒョンの意図をパフォーマンスによって拡張し、ファンダムに語りかけるような志向性・まなざしをこの曲に与え、この「너와 나의 이야기(あなたと私の物語)」を通した生の歓喜の相互作用を引き出しています。

 

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予測できないもの、偶然性に委ねた舞台

 

 

3月17日にリリースされたWeeeklyのカムバック曲"After School"も、多面的な魅力に溢れた楽曲の1つです。この曲が収録されたEP『We Play』は昨年6月30日発表のデビューEP『We Are』に始まる「We」シリーズの3作目に当たり、おおまかには学園生活を舞台とした7人のドタバタ活劇、という趣で統一されています。

 

さて"After School"について語る前に、これらの「We」シリーズ活動曲のステージに見られる共通項に触れないわけにはいきません。いずれの楽曲においても、ただコレオグラフィーに則り踊るのではなく、さまざまな道具を使用して舞台を展開しているのです。

デビュー曲”Tag Me(@Me)”では教室で机に寝そべってそれを大きく傾けながら気だるさを表現したり、続く”Zig Zag”では7人がキューブをころころ転がしたりくるくる回したりして、その姿は日々あちこちに飛んでいってとてもコントロールすることの出来ない自身の情動をもてあましているかのようでした。そして今回の"After School"ではビビッドな色をしたキャスターつきの椅子に加えて、歌詞にも登場して曲のイメージを方向付けているスケートボードを登場させています。

 

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2020年10月18日、SBS人気歌謡での"Zig Zag"ステージ

 

 

しかしこのように道具を、しかも比較的質量が大きなものを扱うすることは、舞台に偶然性の要素を多分に持ち込むことにもなるでしょう。大きなキューブをくるくる回転させることと手元が狂ってあらぬ方向へ転がしてやってしまうことは隣りあわせだろうし、ましてや、人が急いで座った可動式の椅子をべつの何人かが押すというように、それに何人かの人間が関わるとなればなおさら、動作のタイミングと動線は毎回違うものになるはずです。

 

ここで、KPOPの世界的な人気の秘密を紐解く際にキーワードとしてしばしば挙げられる、カル群舞と呼ばれるスタイルを思い起こしてみます。その特徴は端的に「一糸乱れぬ整然さ」として説明でき、例えば、たまたまKPOPアーティストのパフォーマンス動画を再生した人が、ユニゾンを印象的に取り入れたコレオグラフィーやそのフォーメーションの美しさに心を打たれ、この世界にはまり込んでいく…というのは、さして想像に難くないシチュエーションです。

そうした魅力の反面、チームとして正確で精緻を極めたパフォーマンスを構築していくには完璧主義的な神経質さが良かれ悪しかれ付きまとうことにもなり、ときとして鑑賞する側としても、高度に統制されたパフォーマンスに満ち満ちているトーンのあまりの高さと向き合うことに、若干寄る辺のなさを覚えてしまうこともあります。緻密な体系や圧倒的に整然としているさまの美の裏返しとして、合理化の過程でそこから逸れた異質なもの=予測できないものを排除する選択が採られているだろうこと、そこにあり得たかもしれないゆらぎの可能性を思わずにはいられません。

 

 

それを踏まえて、再びWeeeklyに話を戻します。”Tag Me(@Me)”のステージを見直していて、道具の使用以外にもう一点、はっとした部分があります。

以下はデビュー3日後、7月3日「Music Bank」出演時の定点カメラの映像です。再生可能であれば冒頭約10秒間、左から3番目で机に座っているジユンの動きに注目してください。

 

 


[K-Choreo 6K] 위클리 직캠 'Tag Me (@Me)' (Weeekly Choreography) l @MusicBank 200703

 

イントロ前から机にひじを突いてうつらうつら、なんと曲のAメロに入ってもまだ船を漕いでいます。ワンエイトで数えて2カウント目、한번 뜨면…の면あたりで騒がしく歌い始めたメンバーの声に打たれたように飛び起きるジユン(↓画像1枚目)。면あたり、とは言ったものの、その起点とリズムを関連付けることはかなり難しいです。顎をすべらせる、手を離す、半眼のまま両足を地面について立ち上がり動作に入る…この時点ですでにワンエイトの3カウント目に入っており、ジユンは完全に拍から自由に一連の動きを見せています。

 

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試しに別の日の番組出演を見てみると、1拍目にあわせてハッと眼を覚ます回もあれば、立ち上がった後くるっと1回転して髪を掻き分ける回もあるし、なんならイントロが始まる前から既に目が覚めていてドヤっている回(↑画像2枚目)もある。また、その次のワンエイトの振りつけも日によってぜんぜん違うのです。要するにツーエイト=4小節分の裁量をおおむね委ねられていて、立ち回りはその日のジユン次第ということになります。

ちなみに他の6人はその間、寸劇風の場面でも基本的には拍にあわせたコレオグラフィーをとっています。ということはつまり寸劇だろうと大枠では再現性の高いものになる。ここにリズムから自由に立ち回るジユンが加わることで、Weeeklyは予測できないもの=偶然性の要素を強く帯びたパフォーマンスで、この世に姿を現すことになりました。

 

 

2つのキーワード、「自由」と瞬間」

 

 それではここからようやく、"After School"の話になります。

 


[MPD직캠] 위클리 직캠 4K 'After School' (Weeekly FanCam) | @MCOUNTDOWN_2021.3.18

 

 

先述したように道具を使うという点では「We」シリーズを通して一貫していますが、楽曲の面ではBPM160前後のソリッドなロックを基調としていた前2作と比べると、バブルガム・ポップ的な快活な雰囲気を残しつつもR&Bとトラップビートの要素を交えていて、基本的にはハーフテンポで乗れるレイドバックした曲調となっています(ちなみにコーラスのメロディーになんとなく聴き覚えがあるなと思ったら、NCT127が音源コラボしたことのあるAva Maxの楽曲、"So am I"(2019)のメロディーとそれなりの程度似ています)。

一聴して大興奮、というわけではなかったのですが、カムバック後最初の音楽番組出演(3月18日のエムカウントダウン)のイントロ込みバージョンを観てから、毎日何十回もステージ動画を視聴するようになってしまいました。

 

個々の特徴ある歌唱法、それらが合わさるリフレインでのハーモニー、イントロではメインダンサーであるマンデーのクールネスを大きな軸に展開していたものの曲に入ると有機的にフォーメーションを替えながら決して主役を絞らせないパフォーマンス、そしていつものように安全なスニーカー&パンツスタイル(少なくとも未成年者が所属するグループでは今後これがスタンダードになってほしい)…と、好きなところを挙げていくときりがありません。なぜこんなに良いんだろうか、とひとまず歌詞を読んでいくと、「自由」と「瞬間」という2つのキーワードに行き当たります。

 

 

지금 이 순간은 돌아오지 않아

今この瞬間は戻ってはこない


여기 눈부시게 반짝이는 걸

ここに眩しく煌めいてるよ

 
모두 담았어 전부 다 찍었어

なにもかもこめて 全部録った


앨범 가득한 Video

アルバムからあふれるほどのビデオ

 

 

韓国の学生は小学生の時点から、日本の学生と比べてはるかに長い時間をハグォン(学習塾)通いに費やすようです。小学生なら他に金銭的負担の軽い放課後授業に行ったり、中高生ならそもそも授業が終わると塾以前に夜まで自律学習がある。WEBドラマ「A-TEEN」では、たびたび勉強を放棄してPCバン(韓国のネットカフェのような所)へ遊びに行く登場人物がいましたが、そのように吹っ切れてしまわないかぎり、日本人が考えるような放課後なんてあるのだろうか?

それでも、なんとかお互いのスケジュールをぬって作った大事なタイミング。時計の針がスローモーションな午後の授業を終え、暗くなるまでの間ともに過ごした、心から「自由」な気分、と言える時間。そして、もう戻ってこない唯一一回のこの「瞬間」すべてを、ずっと憶えていられるように…。録り忘れないよう、ジハンが最後のサビの後で念押ししてくれているくらいです(「Record the Video 今この瞬間を!」)。

 

(蛇足ですが、今回歌詞を手がけているのは著名な作詞家ソ・ジウムと昨年大ヒットしたOH MY GIRLの"DOLPHIN"を手がけたソ・ジョンアの姉妹コンビで、血縁関係については今年に入ってこの記事でソ・ジウムが明らかにしています。)

 

 

自由 자유 を歌い上げる方法

 

韓国語で自由자유 と書き、カナで表記するならチャユ、音声記号で表記すると/ʨaju/となります。

ところで、言語学、音声学の研究領域においては音象徴という概念があります。それぞれの音声が、ある特定の意味と結びつくイメージ…たとえば、濁点のついた擬音語は語感が重そうだったり汚そうだったりする、というような現象をさします。音象徴には言語音を発する時にどのように発音するか、また周波数に関連して変化、直感的に理解しやすいのは前者です。たとえば、子音の[k]で始まるカン/kaN/という語。[k]は舌のうしろの方を、口腔上部の軟口蓋と接触させ、空気の通りみちを閉鎖したあとすぐ解放することで音が出ます。こうした発音の仕方から、[k]ないし[kaN]は硬い表面を叩くようなイメージと結びつきます(※1)。

 

母音に関しても発音する際の舌の位置や唇の丸め方によって分類できますが、音象徴の印象も同様に発音の仕方と関わってきます。たとえば「あ」/a/は、口を縦に大きく開き下を奥に引いて発音するので低舌/後舌母音です。「い」/i/は口を横に引き、発音する際には舌が上がっているので高舌/前舌母音と分類できます(※2)。母音の音象徴のイメージを掴みやすそうな例として、ここで日本語の楽曲を持ち出してみます。

 

 

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2013年に発表された、SSWのあだち麗三郎さんによる"ベルリンブルー"という曲です。この曲のサビ(1分38秒当たり~)に「あからさまなパノラマ」という、「ノ」以外は全て/a/を母音とするモーラで構成されたラインがあります。スティールパンやトランペット、控えめでリズミカルなピアノリフなどの心躍るような音楽に囲まれながらこれを口ずさんでみると、ぱっと目の前にひらけた空間があらわれるような、その空間に躍り出て、くるくると回ってしまいたくなるような。あからさまなパノラマ、という歌詞は勿論この楽曲の感情価を表している一要素にすぎないのですが、そのポジティブなエネルギーを身体感覚的に味わえる格好の箇所です。

 

 このように、とりわけ/a/に向かって終わっていくフレーズやライムの繰り返しには開放感を伴う響きが生じるであろう、ということはイメージしやすい。そこで자유、チャユに戻ると、なんと母音は/a/から/u/に向かって狭まってしまいます。思い通りには行かないものです。

"After School"という楽曲の性質はいうなれば光属性というか、明暗でいえば明、陰陽でいえば陽、まず間違いなくポジティブな情動を喚起する感情価がありそうだということは、ほとんどの聴き手が直観的に判断するでしょう。そうすると、両手を大きく広げて「あ~~~~~」と声を出したくなるような開放感とはまた別のしかたで、私たちはこの曲の光属性のエネルギーを感じとっているのではないか。

 

ただ、歌詞のテキストのみを追うのでは、舞台を視聴することの美的な体験を掘り下げていくことは難しそうです。歌唱それ自体やダンス、それらに伴う身体表現の視聴を通じて、より内的に迫ってくる徴候を探ってみると、最後のサビの後に来て大団円へと続く"Singing that~♪"のリフレイン部分、それからその直前部分での"I'm so good with you~♪"という、一続きのパートに突き当たります。

 

曲の順番としては、まず「I'm so good with you~♪」の斉唱が先に来ます。最初の4カウントは横のボディウェーブをしながらフォーメーションを替え、 続く5カウント目で助走をつけるように右脚を大きく外へ蹴り出し、走る時のように腕を振りはじめる。この時点ではまだ「溜め」が効いているのですが、その後8カウントに向けて腕はさらに反復的にサイクルし、それに合わせてぐっと踏み込んだ足をなんども蹴り上げることで、身体は速度を増して(本人達から見て)左肩上がりのベクトルを示していきます。この直前の振り付けにはスケートボードを前に進めるための基礎技術であるプッシュのような動作があり、歌詞とも連動している(「私たち、スケートボードの上/踊るみたく足を踏み鳴らして」)ので、素直に受け取るのなら今にも飛んでいきそうなくらいにスケードボードを駆る速度を上げ、だいぶ先のほうから「ほら、ついてきて!」と声を張り上げている、という風にも解釈できます。

 

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ひとまず先に進みましょう。サビ後に続く"Singing that~♪"のリフレインは3回、次いで"Singing that cool, Singing that cool"が2回繰り返されます。その間、末っ子のゾアが舞台の後方からスケートボードに乗って颯爽と登場し、他のメンバーがラフに踊っている手前を悠々と滑って半円を描いていきます。これらの2つのシーンの歌唱に共通しているのは、いずれも"I'm so good with you~♪"、"Singing that~♪"、と語尾の2拍ないし3拍分、メロディーを歌い上げている点です。上昇と下降という違いはあるものの、これらの歌唱、ハーモニーを知覚することで起こる情動の変化には何か相似たものがあるように感じます。端的にいえば、これらのパートは同じ物事について歌っているような感じがしてくるのです。

 

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ここでもう一度、テキストとしての歌詞に戻ってみます。

韓国語で「자유」と発話されるとき、日本語で私たちが「自由」という言葉を聞いて受けとるのとは、受け取る語感が異なっているだろうことが想定されます。そこで、先述した母音の音象徴の話の続きになるのですが、韓国語において、自由は大きな声で「あ~~~~」と叫びたくなるような、開放的な感じ方をするのではなく、/a/から/u/へと吹き抜けるのではないか、と考える。

"I'm so good with you"という歌詞の前半の2小節、すなわち"I'm so good..."は、母音で言うと/a/→/o/→/u/と移動していきます。これらの3つは全て、舌が後方に引かれて発音される後舌母音です。そして、大きく口腔を開いた状態から、唇を円くすぼめつつ舌の位置は徐々に上がっていく(/o/は中舌母音、/u/は高舌母音)。ここで既に、/a/から/u/へ吹き抜ける1つのかたちが見て取れます。残りの2小節、"with you~♪"。カナで示せば「うぃーずゅ~うう~うう~」といった感じで、口を横に引いて/i/で笑顔の屈託のなさを作ってからの、駆け上がるように自由を謳歌し最終的に/u/へと収束していく「ずゅ~うう~うう~♪」、なのです。

そして、"Singing that~♪"と、それに続く"Singing that cool"。そもそもこのthatとは、何を指しているのでしょう。何をクールに歌おうと言っているのか?ここまでくると、やはりこれも自由のことなのではないか、と目星をつけたくなります。そして"that cool"というそれらしき部分に、자유が相重なってくるのではないか?となるのですが、"that"の発音は記号上/ðǽt/となり、二重母音の範疇となってしまいます。しかし、二重母音の手前に位置する子音の調音方法に眼を向けることで違った視点が得られます。

 

日本人の英語スピーキング学習においても大きな難関の1つとされている[ð]は、舌先と上歯を近づけて音を生じさせます。ただ、ウィクリたちの発音を聴くかぎり、ほとんど[d]と発音しているように聴こえます。[d]も[ð]と調音方法は比較的似ています。舌先と上の歯茎を接触した後一気に放して音を生じさせるのですが、thatを発音する際、[d]に続いて母音を発音する構えをつくるため、舌はそのまま後方奥へと下がっていきます。この向きは、すなわち後舌母音である/a/へと向かっています。

coolの発音記号は/kúːl/ですから、"Singing that cool, Singing that cool..."と歌う時、形として/a/から/u/へ呼気の流れが生じているというのは、자유と発話するとき、あるいは"I'm so good with you~♪"と歌われるときと、現象としては大枠共通しているといえる。さらに、歌唱の方法やコレオグラフィーを通した身体表現を同時に検討するとき、表現として자유/自由な生を想起させる構造になっているのではないでしょうか。

 

 

瞬間 순간 に接続する方法、再記憶

 

自由の話がだいぶ長くなりました。もう1つのキーワードにも目を向けなければいけません。それは瞬間です。韓国語の歌を聴いていると本当によく耳に入ってくるチグミスンガン、今この瞬間。チグミスンガン、とわざわざ声に出して読みたくなるほど語感が良いのも魅力です。しかしあまりにもありがちで使い古され、相当に手垢のついたこの表現を、なぜウィクリたちは大事そうに抱えようとしているのでしょうか。

 

「瞬間」について考えるにあたって卑近な例を出すのですが、最近(といっても去年ですが)個人的にやめた習慣があります。それは、アイドル楽曲のfanchant=掛け声を覚えることです。掛け声を覚えていったときのコンサートは、確かに楽しいです。唱和することでいわゆる会場との一体感というやつを味わっているのでしょうし、アイドルたちもMCで掛け声が大きいことを喜んでくれるからというのもある。ただ、ずっと心の中にはうっすらと割り切れない思いがありました。掛け声をすることによって、相当部分の認知リソースを持っていかれているのではないか?要するに、一体感を楽しんでいるようで、実はコンサートの「いまここに在る」ことからは離れているのではないか?という疑念です。余計なことに気をとらわれず、舞台上の表現者や効果、音響などから得られる知覚に対して身体感覚が十分にひらかれた状態で鑑賞するべきではないのか?案外、「地蔵」といわれている人たちの楽しみ方が"解"なのではないか?と。惜しむらくは、それを確認するための舞台がここ1年以上開かれていないということなのですが…(付言、コンサートやライブの楽しみ方は十人十色であり、極端に周囲に迷惑をかけない限りはそのうちの特定のものを否定する意図はありません)。

 

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初めて掛け声を覚えた曲、おまごるバナナの『バナナアレルギー猿』

 

ただ、このようにコンサートである種の美的な体験を身体に刻みつけようとする試みは、おそらく成功しないような気がするのです。 鑑賞するぞ!という強い前のめりの意図があるからです。「真の感動」などというものがあるのだとしたら、少なくともそれは意識的に手が届く領域のものではなさそうです。同様に、その場その場で生まれては去っていく「瞬間」を意図的に掴まえようとしても、それは手をすり抜けていってしまう。ジハンの忠告に従ってスマホに楽しいできごとの全てを録画したと思っても、クリップにその「瞬間」それ自体は残らない。

ふだん私たちが考えている時間とは、直線と矢印の方向で表せるような、何か定量的で等距離的なもののような感じがします。しかしそれは共同体の中で時計を通じて人間を管理するのに適した概念であり、「瞬間」はそうした直線上にある時間のなかの一点として、ドットで便宜的に表わせるようなものではない。そのように容易に捉えられるものだとしたら、マンデーは「今この瞬間は戻ってはこない」などと、何もかも悟ったような顔で歌わないはずです。

 

 

マルセル・プルーストの研究者として知られる保苅瑞穂氏は、このフランスの文学者が『失われた時を求めて』で執拗に描き続けた、美的な真実が立ちあらわれる際のキーとしての無意識的な再記憶と「瞬間」の経験について、隠喩表現を手がかりに思索しています(※3)。

 ここでプルーストのいう再記憶ないし無意識的記憶とは、学術的な心理学用語ではありません。一般的な意味合いで言われる顕在記憶とは違ってその想起に意図的・理知的な要請を要するものではなく、感覚と想像力が無意識かつ同時に働くことによって不意に起こされるものをさしています。ある過去の体験と、感覚の上で共通したなんらかの要素を知覚したときに、その感覚が現在の意識のなかにぱっと回帰して甦る、あるいは身体感覚として再び顕在してくるような構造がある。保苅氏によればそれは『失われた時を求めて』の文章に頻出する隠喩的表現がもたらす「意味的な転移」ともアナロジーをなしている、ということなのですが、具体的な修辞の事例についてはここでは深くは立ち入りません。

注目するのは、プルーストがその再記憶の際に体験するとされるものをどのように表現しているかです。プルーストによれば、この無意識的記憶の想起に際しては過去そのものが甦るのではなく、またそれが現在の時点において立ち上がっているわけでもなく、その2つの時間に共通して生起した感覚を通じて触れた「純粋状態における時間」=「永遠」がそれである、というのです。要するに、ウィクリたちが捕まえようとしている「瞬間」の正体であり、冒頭で挙げたONFが歌う「人生の叫び」でもある。普段私たちを支配している、定量的・等距離的に区切られた時間の概念を超越した、超時間的で根本的な生。生きられた時間としての生、「実存そのものの転調」(※4)としての瞬間に触れ、それらにいわば接続するための方法が再記憶ということになるでしょう。

 

 

毎日学校と家の往復、退屈でしょ?

 

最後にいま一度、"After School"に立ち戻りましょう。なぜ、今この「瞬間」それ自体に意図的に触れようとしても触れられないと分かっていながら、それを追いかけるのか。曲冒頭の1小節目、スケートボードで登場するジェヒ以外の6人が、椅子を囲んでその周りをコミカルに歩き回るシーンがあります。ワンエイトの6カウント目、円ごしに互いの顔を見合わせ、7-8カウント目で内臓に響くベース音が止んだすきに2度、胸から上を動かします。まるで、お互いにしか伝わらない合図をするように。知ってか知らずかウィクリたちは、いつの日か再記憶を発火させるであろう痕跡を、舞台の上でばら撒いているのではないでしょうか。

最後のサビを終えてのクライマックスでは、向かって左端でセルカを撮るためスマホを取り出すジユンのほうに向かって6人が「ごちゃごちゃに」集まり、「ばらばらに」ポーズを取る。スジンは「 今その表情、角度が素敵だよ」と歌う。こうしたごちゃごちゃ・ばらばらという統一感の欠如や、Weeeklyの楽曲においてはしばしば顔を見せる各アクターに委ねられる裁量の広さは、偶然性に身を任せ、唯一一回性を帯びた体験に至るためのすき間を拡げています。毎日学校と家の往復(매일 학교 집 학교 집、デビュー曲"Tag Me"の最初に歌われる歌詞)、直線的で、未来のことばかりを考えさせられている時間からは、高跳びしたって届かない場所へ。

 

 

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おわりに

 

 

瞬間に接続するための記憶は、クリップやセルカを録って残すこと自体によってではなく、その日その場でお互いに「目を合わせて 長い髪をなびかせて(ジユン)」感覚を共鳴させた、ただ一度きりの心のありようが痕跡となることで、そこ=内的な感覚のうちに保存される。一度きりの固有の経験でありながら、ウィクリたちが舞台上でばら撒いた痕跡は普遍的な生へと繋がっています。そしていつの日か、過去に生きられたある時間といまここを繋ぐアナロジカルな経験に遭遇し、感覚を通じて想像の中に再び永遠の瞬間を生起させるときを待ちながら、痕跡はそこでずっと煌めいているでしょう。

 

 

文献

(※1)浜野祥子、「「スクスク」と「クスクス」はどうして意味が違うの?」、『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』、窪園晴夫編、岩波書店、2017年、pp. 9-28. 

(※2) 川原繁人、『「あ」は「い」より大きい!?音象徴で学ぶ音声学入門』、ひつじ書房、2017年、pp.68-70.

(※3) 保苅瑞穂、『プルースト 印象と隠喩』、ちくま学芸文庫、1997年、pp.234-246. 

(※4)モーリス・メルロ=ポンティ、『知覚の現象学1』竹内芳郎・小木貞孝訳、みすず書房、1967年、pp.251.

 

Kぽなど 2020年の30曲

2018年からはじめたKぽなどの1年の振り返り文章も今年で3回目です!

年末近くなってあの曲よかったこの曲も…あと何あったっけ...???とならないように11月からリストを作って書き始めたら昨年以上に長大になってしまったので、今年は目次をつけました。なお、巻末のおまけに今回記事で触れた30曲から最終的に漏れた50曲のリストも作ったので、そちらも参照ください。

 

 

・2020年の30曲(本編)

 

※凡例

 楽曲名は""、アルバム名は『』、その他(書籍名や番組名など)は「」で囲います。

 読みにくさを避けるため、文中の一部の人名において適宜アルファベットとカナを使い分けています。

 紹介する並びは順不同で、ランキングではありません。

 

 

1. Jang Yeeun "Barbie"

 


GOOD GIRL [6회] 장예은 - Barbie @세 번째 퀘스트 1R 200618 EP.6

 

チャン・イェウンはCUBE Entertainment所属、多国籍7人組グループCLCのメインラッパー。CLCは2015年にデビューしたもののあらゆるコンセプトをたらいまわしにされる中グループのスタイルが定まらず、2017年1月にリリースした"Hobgoblin(도깨비)"以降の強いEDMトラップ楽曲でのカムバックも、グループの成熟によるステップアップというよりは行き当たりばったりな事務所の戦略の産物かもしれません。

しかし結局活路はその道にあったことが、2019年1月発売のEP『No.1』収録の"NO"で証明されます。デビューから4年以上をかけての初音楽番組1位を獲得しましたが、この時The SHOWのMCを務めていたイェウンは、自らの手でメンバーへとトロフィーを渡し歓喜の涙を流すのでした。

 

とはいえ以降の約2年間、グループとしてはシングル3曲のみの散発的な活動に留まっており、イェウン自身はMnetのヒップホップリアリティ番組「Good Girl」で、Mnetを襲撃するアーティスト10人のうちの1人として出演します。ベテランや個性派揃いの10人の中にあって、初めての1人での舞台に戸惑う場面が放映されましたが、その分イェウンの挿話はアーティストとしての個人的な成長という側面の強いストーリーが展開されており、共感しながら視聴しました。

 

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3次クエストの対「SHOW ME THE MONEY」チーム戦では、あえてソロ戦に立候補。「SHOW ME THE MONEY777」で時の人となった某ラッパーの覆面プロジェクト、マミソンとの対決になります(マミソンについては一応こういう書き方をしておきます…)。

マミソンのステージが人を食ったようなユーモラスな内容となることを警戒しながらも、立候補時点ですでに楽しい曲を作ることを構想していたイェウンはコンセプトを予定通りに考案。中間チェックでは萎縮のあまり歌がほとんど照れ笑いで終わってしまいメンバー達がしらけるシーンもありましたが、バービーらしく金髪にして望んだ本番では大きなミスなく披露し、落ち着いたトーンで自分なりに金稼ぎの思想を説いたマミソンを撃破します。

"Barbie"の曲調はポップなディスコファンクでダンスもキャッチーなものとなっており、相手チームのRhythm Powerボイビチグインも振り付けをその場でまねして踊る姿が映されるなど、イェウンの目論見どおりの楽しめるステージとなっていました。

 

ちなみにマミソン側には、助っ人として同事務所に所属するウォンシュタインが参加しています。彼は先週終幕を迎えたばかりの「SHOW ME THE MONEY9」のセミファイナルまで残る大活躍とそこでの残念な敗退が記憶に新しいですが、「Good Girl」では繊細なヴォーカルで特別審査員たちの注目を集めており、これをその後の大躍進の足がかりとしています。ウォンシュタインについてはFishermanの項で再度触れます。

 


GOOD GIRL [6회] 마미손 - 머니세레나데 (feat. 원슈타인, 김승민) @세 번째 퀘스트 1R 200618 EP.6

 

イェウンは、最終クエストのメンバー内バトルではKARDのチョン・ジウとの対決となります。高等ラッパー2で準優勝したイ・ロハンことRohannをゲストにして自身はラップを封印、抒情的な歌唱を見せることで新境地を拓きました。

 

最後に、個性的なメンバーの揃った「Good Girl」メイン出演者の中でも胸を打たれたのは、先頃レーベル解体したdaze aliveからシンガーソングライターのキム・サウォルらが所属するYour Summerに移籍したラッパー、SLEEQの姿でした。インターセクショナリティの視点からフェミニズムを学んでいるといい、忌憚なく自らの苦悩と変革への希望をリリックに表現するスタイルを当初から見せ、第1話ではそうした個性が他のメンバーとは調和しないのではないか...というような編集カットもありました。

しかし、最初は「合うのかな?」と語っていた少女時代ヒョヨンが常にSLEEQを信頼する発信をしていくようになったり、2次クエストのチーム戦ではラッパーのチタをして「SLEEQが誰かと組む姿を想像できなかったが、誰とでもいい音楽を作れる人だった」と言わしめました。そして、番組の番組内でも正反対の存在といわれてきたQueen WA$ABIIと作り上げた最終話でのステージで、「偏見をぶち壊し多様性を賛美する」ことをテーマに掲げて”Sorry for Winning”を歌い踊ったシーンは涙なしには見られませんでした。

 

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さらに余談となりますが、CLCが9月2日にリリースした最新曲"Hellicopter"ではイェウンがHere we go, here we go now...と繰り返すコーラス部分を歌います。そこで思い出したのは、SLEEQが「Good Girl」1話のクルー探索戦で歌ったジェンダーマイノリティーに捧げる曲、"Here I go"にも同様の展開があることでした。新人時代からSLEEQのラップを練習していたというイェウンが、改めてSLEEQへのリスペクトを込めてそのラインを書いたのかな…?と、個人的な想像をしています。

「Good Girl」でのSLEEQについては、いつか別個に記事を書けたらなと思っています。

 

 

2. fromis_9 "물고기(Mulgogi)"

 


프로미스나인 '물고기(Mulgogi)' Special Video

 

IZ*ONEと同じOff The Record Entertainment所属、2017年に放映されたMnetのサバイバル番組、「アイドル学校」で選抜された9人組グループ。昨年秋からさまざまな疑惑が暴かれていった末に制作陣が起訴され、11月の初公判で番組PDは票操作の容疑をおおむね認めているということです。こんな書きはじめ嫌すぎるが。

そんな事情もあり2019年6月のシングルアルバム『Fun Factory』以来、長いことリリースから遠ざかっていましたが、チャン・ギュリNetflixの人気ドラマ「サイコだから大丈夫」(6月20日~8月9日放映)に出演し好評を博すなかで9月16日にEP『My Little Society』でカムバックしました。EPのタイトルが良いよね…

5曲目に収録されている"물고기"はタイトル曲の"Feel Good"と同様ディスコファンクを基調としており、2018年10月のEP『From.9』収録の”Dancing Queen以降見られるようになったファンクの特徴を多分に含む楽曲路線の延長にあるともいえます。歌唱面でのキーパーソンであるソン・ハヨンイ・セロムの「ハロム」ケミが存分に個性を発揮しているため選びました。

 

ちなみに"Feel Good"の方は、ナイル・ロジャースが率いるChicが1979年に残し大定番のサンプリングソースとなったダンスクラシック、"Good Times"のギターカッティングリフを借用しています。

 


[fromis_9 - Feel Good(SECRET CODE)] Comeback Stage | M COUNTDOWN 200917 EP.682

 


Chic - Good Times (1978)

 

思えば、初期のぷろみは出自となった番組にふりかかった疑惑の目をよそに、迷いなく爆走していく姿を世の中に叩きつけていました。番組のミッションで披露し、のち9人で再録された"Miracle"やプレデビュー曲の"유리구두(Glass Shoes)"、実質デビュー曲の"To Heart"、2枚目のEPのB面曲”너를 따라, 너에게(Think of You)”といった一連の初期楽曲はいずれもその系譜を継ぐもので、聴いていて自然とこちらも歩幅が大きくなるような頼もしさがありました。

それは、ナタリーのKPOP対談記事でとある男性音楽家が語ったような「ロリ美少女の垢抜けない姿」などでは、決してなかったはずです。

 


프로미스나인 (fromis_9) – 너를 따라, 너에게 Recording Behind

 

それから2年を経て、脇目もふらずに爆走する時期は終わりました。逆風に吹きつけられながらもひとつだけの個性に辿りつくまでのぷろみの道のりの中で、タイトな楽曲を中心とした音楽的統一感のある『My Little Society』は、キャリアの1つのマイルストーンになったといえます。

 

 

3. Yerin Baek "Lovegame"

 


백예린(Yerin beak)-“Lovegame” live

 

ペク・イェリンは自身のレーベルBLUE VINYL所属のシンガーソングライター。 昨年の記事でも紹介したように、EP『Our love is great』を最後にJYP Entertainmentとの契約が終了して独立した後、年末には2枚組アルバム『Every letter I sent you.』をリリースしています。いずれの音源からも”Maybe It's Not Our Fault”、"Square(2017)"という音源チャート1位曲が生まれました。ちょうど1年のインターバルを置いて、12月10日に2年連続2枚目のフルアルバム『tellusaboutyourself』をリリースします。

これらのアルバムを通じて制作にかかわってきたのはプロデューサーの구름(Cloud)で、イェリンと共にバンドThe Volunteersとしても活動しています。3月のfnmnlでのインタビューを読んでも、『Our love is great』や今回の『tellus〜』でジャンル横断的な音楽アプローチが可能となったのは、やはりCloudの寄与するところが大きいようです。

 

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コンセプトスタイリングも話題に

 

昨年の『Every letter 〜』はこれまでの未発表曲がやはり目立っていて、それに沿った曲調でまとめられたある種の統一性がありましたが、『tellus〜』は表面的にはかなり多岐に渡ったアプローチをしていて、様々なジャンルを貪欲に取り入れています。

1曲目の"Lovegame"では、NAVER NOWでのリリースライブで見せた終盤ワウをふんだんに入れた挑発的なギターソロ(↑動画では3:04~)がこれまでの楽曲では聴かれなかった感性だし、リードトラックとなりMVも出た"0415"は浮遊感のあるdeep houseトラック。ラストは意表をつくUK Garage曲"Bubbles&Mushrooms"で終わる、といった具合です。また冒頭の"Lovegame"に関していえば、「そんなFxxkin´ boyやめときなよ」「You deserve something better」と確信を持って指さしてくれる歌にシスターフッド…となりました。

「HYPERBEAST KOREA」メディアではイェリン本人が作品解説をしていますが、Twitterでこれを訳してくださっている方がいたのでここで紹介します。

 

 

また、NAVERでもインタビューが公開されています。彼女がエイミー・ワインハウスから影響を受けていることはよく知られていますが、NAVERでそのメタファーの手法からインスピレーションを受けた人物として挙げているのは、なんとジャズシンガー/ピアニストのブロッサム・ディアリーでした。早くも1940年代からNYのスウィング・ジャズ全盛のシーンで活動を始め、1957年にジャズ界の最重要レコード会社Verve Recordsからリーダー作をリリースします。

 

 


Blossom Dearie - Hey John

 

その後、キャリア30年にもなろうという1970年代に自身のレーベルのダフォディル・レコードを設立して、ジャンルレスで独創的なアルバムを発表していきました。

1975年にリリースされた名盤の誉れ高い『From The Meticulous to the Sublime』も、ダフォディルでの第2弾アルバムとして作られたものです。彼女のオリジナリティーを示すものとして後世に残ったのはVerve期の作品ではなく、ダフォディル・レコードでのインディー活動における作品群でした。ウィスパーヴォイスの元祖などともいわれますが、決してチャーミングなだけに止まらない、ヒップさを持ち合わせた声が魅力的です。

こうしてみると、ブロッサムの辿った道のりや音楽スタイルは現在のイェリンと重なり合ってくるようだし、イェリンが惹かれたのもなんとなく分かるような気になってしまいます。

 

 

4. Hoody,Bronze "잠수함(Submarine)"

 


Hoody's Cooking Log | Hoody (후디) & Bronze (브론즈) - '잠수함 (Submarine) (Eng Ver.)' [KOR/CHN SUB]

 

Hoodyは、パク・ジェボムが社長/レーベル代表を務めるAOMG所属のシンガー。Bronzeは8 BALLTOWN所属のプロデューサー。2019年7月に永井博をアートワークに起用した”EAST SHORE”をリリースし、日本でも話題となりました。さらに今年10月9日にも、2作連続で永井博がジャケットを手がけ、YUKIKA一十三十一といった日本人アーティストがゲストで参加したアルバム『Aquarium』を発表しました(『EAST SHORE』でも日本人ではtofubeatsとの”NO.1”などで知られるG.RINAが参加しています)。

こうした背景から、どうしても20世紀後半日本のラグジュアリー・ポップへの憧憬、という文脈で語られがちなアーティストですが、Bronze本人は「Guitar Magazine」2020年1月号のインタビューで単にアナクロニスティックにそれらのサウンドや質感を求めているのではなく、現代のコンテクストで制作をしていくことを目指すと答えています。

 


「All flights are delayed」 1 HOUR LO-FI with 유키카 YUKIKA

 

もちろんこうした志向性はBronzeに特有のものではなく、例えばアルバムに参加しているYUKIKAの1stアルバム『서울 여자(Soul Lady)』Estiがプロデュースしたように、80-90年代に流行したさまざまなジャンルの楽曲が持ちえていたグルーヴと現代的な手法とを織り交ぜ、緻密に練り上げた作品にも聴いて取れるものでしょう。

さて"Submarine"ですが、当初はフディ名義での発表だったのですが『Aquarium』にちゃっかり収録されていたので?となりました… 楽曲は主張が強いながらも心地良いベースが全編にわたってうねるブギーファンク。動画は英語バージョンで、フディが朝ごはん?を作りながら歌うCooking Logというタイトルからして遊び心に溢れています。

 


Stray Kids 신메뉴 Cooking Video

 

そういえば今年はStray Kidsが6月に『GO生』をリリースする前に出た謎良ティザー、Cooking Videoというのもありました。Stray Kidについてはまた後述します…

 

 

5. MOON feat. ZION.T "밤거리(Walk in the Night)"

 


[MV] MOON _ Walk In The Night(밤거리) (Feat. Zion.T)

 
SM Entertainment傘下(2018~)のMillion Market所属。実力派揃いの事務所として知られ、MOONのほかにも同レーベル元代表MC MONG、2017年にSUGAのプロデュースによる"WINE"で音源チャート1位を獲得したSURAN(11月24日リリースのシングル"The Door"を最後に契約終了)、「SHOW ME THE MONEY777」で活躍した中型犬のようなかわいらしさを持つラッパーのCOOGIE、後述する気鋭のR&B歌手Jiselle…と枚挙に暇がありません。

また、FANXY CHILDの一員であり2019年に目ざましいフィーチャリング仕事で存在感を示していたPENOMECOも所属していましたが、現在は契約解除→盟友ZICOのKOZ Entertainmentへという話も上がっていたもののこの記事を書いている12月24日現在、正式な契約発表には至っていない状況です。そして、少し前の11月18日にはKOZがBig Hit Entertainment傘下へ…一体どうなるのか…

 

Moonに話を戻すと、今年は何といってもEXO-SCのチャート1位曲"1  Billion Views"でのフィーチャリングで大衆層にも名を広めました。去年、NAVER NOWのON FIREという企画でSZAやAriana Grandeのカバーをやってたのを聴きましたが力強い声質ながらも決してそれをパワフルに解き放っていくのではなく、高い歌唱技術で自由にトーンを操っているという印象でした。このZion.TとのSmoothなR&Bトラックでも、スキルフルでレイドバックした節回しを聴かせています。

 


APINK – 'YUMMY' Lyrics [Color Coded_Han_Rom_Eng]

 

"Walk in the night" の鍵盤のループフレーズが好きなら、B面曲含めて良曲揃いだったApinkの9枚目のミニアルバム『LOOK』収録"Yummy"のトラックにも同様のバイブスがあるのでおすすめです。これといったコーラス部分がない構成の不思議な曲ですが、1:02~と2:02~ユン・ボミのパートが強烈なアクセントになっています。

 

 

6. BVNDIT "Children"

 


BVNDIT (밴디트) - Children (MV)

 

BVNDITはMNHエンターテインメント所属の5人組グループ。同事務所にチョンハという唯一無二の偉大な先輩を持ち、2019年はデビュー曲の"Hocus Pocus"から3回目のカムバック曲"Dumb"まで、いずれも当時のチョンハの代名詞的なサウンドとなっていたトロピカルハウス~ムーンバートンジャンルを引き継いだ楽曲をリリースしました。

5人全員が歌唱スキルも声量もあるのに、このまま似たような曲調でチョンハの妹グループという看板を掲げつづけるのも厳しいのでは…となっていたのですが、2020年は2月6日にデジタルシングル"Cool"、4月20日にはアルバムの先行シングルとして"Children"を発表します。

 


BVNDIT (밴디트) - Cool MV

 

前者は初期のRed Velvetがやりそうなキャッチー&キッチュなトラップR&Bで、またMVでは身体のパーツがジェンダーレスにコラージュされていく映像が印象的でした。後者では大人になってもぎこちなく進む道のさきに母親を見るベッドルーム・チルR&B、アニメーションのみのMVと、いずれのシングルでもKPOPのアーティストとしては挑戦的なプロダクションを仕掛けています。

 

2月から4月にかけては(今にして思えば)コロナウィルスがいよいよこの先人類の生活にひたと寄り添ってくるようで、しかもそれがかなり長く続くだろう…ということがわかってきたという時期でしたが、"Children"はそんな時期にリリースされました。誰しもがLockdown Songsに支えを見出したでしょうが、私にとっては心の収まるべきちょうどよい所にこの曲が収まってくれました。

 

 

7. Crush feat. Joy of Red Velvet "자나깨나(Mayday)"

 


Crush (크러쉬) - 자나깨나 (Feat. 조이 of Red Velvet) MV

 

日本のWikipediaではAmoeba Culture所属となっていますが、昨年の記事でも触れたようにPSYのP Nationに所属。昨年12月にフルアルバム『From Midnight to Sunrise』をリリースし、それが入隊前の総まとめと思いきや2020年に入っても「愛の不時着OSTやラテンジャズに取り組んだシングル"OHIO"など精力的に活動。

10月20日には豪華デュエットEP『with her』を少女時代のテヨン、キャリア30年の大歌手イ・ソラ、90年代から韓国のアフロ・アメリカン音楽を牽引したユン・ミレ、AOMG入りが決まったことでますます優れたキャリアを残すことが約束されたイ・ハイ等を招いた決定盤。このEPの公開を見届けると、ようやく11月12日に入隊となりました。今年度はFANXY CHILDの面々が次々入隊していきます…

 


크러쉬(CRUSH) x 이하이(LEE HI) - Tip Toe [LIVE] / #OUTNOW

 

Band Wonderlustを従えてのNAVER NOW Youtubeチャンネルでのリリースライブ。0:20秒~ Crushがイ・ハイに捧げるアドリブの「ハイハイ」がめちゃ良い!

 

さて今年の作品群の中で、私のTLで最も話題となったのは5月20日homemade シリーズの序章『homemade 1』収録の"Mayday"でした。本作は、Red Velvetの大ファンを公言しているCrushにとって、待望となるメンバーとのコラボレーション。ジョイも今年1月に「Happy Toghether」という番組で、Crushのその当時最新曲だった"Alone"のカバーを披露したことがあります。

MVでは1人で無為に暮らしているCrushがテレビで友だちを「創り出す」方法を見て、それを真似てリアル飼い犬ドゥユの毛を刈って煮るとなんとジョイ子が爆誕、1人じゃないよ~♪と歌い始めるという謎ストーリーで、何度見ても新鮮に「何見せられてるんだ…」という気持ちになれるのと、ジョイ子のいつもに増してサイコな佇まいや終始デレデレのCrushが面白いです。

なお、リリースに先駆けたカウントダウンライブでは2人でわちゃわちゃリコーダーを練習してからそれを使って"Mayday"のパフォーマンスをするなど、仲睦まじさに見てられね~~~と困ってしまいました。

 

ハッピーな気持ちになるのでMVだけでも是非観てね…

 

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それにしてもJoy of Red Velvet、世界で一番良い文字列…

 

 

8. Seulgi of Red Velvet "Uncover"

 


Red Velvet - IRENE & SEULGI Episode 3 "Uncover (Sung by SEULGI)"

 

カン・スルギはSM Entertainment所属、Red Velvetのメインダンサー。おととしの記事ではZion.Tとの"Hello Tutorial"を年間の筆頭に挙げましたが、今年はRed Velvetについて書くのが辛く、心苦しい年になってしまいました。本当はアイリーンとの共同名義ユニットでのEP『Monster』から90年代R&B色が濃厚な"Diamond"を挙げようと思っていたし、アイリーンの"Nauthy"Choreography Videoでの「男の首へし折りコレオ」の撮り方も大好きだったのですが…

"Uncover"は『Monster』で音源となりましたが、以前からRed Velvetのコンサートのソロステージで披露されていた曲でした。このMVでも見られる、紙になにかを書きつけるような場面がコンサートでもパフォーマンスとして取り入れられていました(舞台ではどんな感情を示しているのか容易に判断の付かない表情をした顔が描かれた紙をびりびりと破き、演者が観ている者の”mind”をあらわにする)。内省的な歌詞に寄り添うようなオルタナティブR&Bスタイルのトラックで、スルギの声質に本当によくフィットしています。

 

前職パワハラで辞めた人間として素直にそう祈れない部分が正直あるにはあるのですが、とりあえずは2021年が彼女達にとって、5人での復活の年となりますように…

 

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"Naughty"の、男の首へし折りコレオって私が呼んでるやつ

 

それにしても Seulgi of Red Velvet、世界で一番良い文字列…

 

 

9. Jamie feat.CHANGMO "Numbers"

 


Jamie (제이미) - Numbers (Feat. 창모 (CHANGMO)) [Music Video]

 

パク・ジミンは2012年サバイバル番組「KPOPスター」での優勝、JYPエンターテインメントでペク・イェリンとのデュオ、15&としての(相対的に短かった)活動を経て、同事務所とは昨年契約解除に。今年から活動名義をJamieへ変更し、Warner Music Koreaへ移籍して新しいスタートを切っています。また、高校の同級生のチョ・スンヨン(現ソロ名義はWOODZ)や「KPOPスター」繋がりのNATHANと共に始めたM.O.L.Aというクルーに属しています。

上半期はチャン・イェウンの項でも紹介した「Good Girl」への出演で存在感を示し、二次クエストの対アイドルグループ戦でAB6IXを圧倒した"WITCH"、最終クエストではチタと組んだ"Moonlight"で勝利を手にするなど、出場するたびファイトマネーを手にしていきました(良い意味で、勝利/優勝に重きの置かれない番組ではありましたが)。

 

Jamieとしての初カムバックは下半期に持ち越され、9月3日に発表されたのが"Numbers"でした。トラックは夭折したBig Punの名曲"Still not a Player"(1998年)と酷似したフレーズを用いていますが、Jamieも90年代~00年代のディーヴァを聴いて身につけたであろう歌唱でこの大ネタを歌いこなしてます。

 


Big Pun - Still Not a Player (Official Video) ft. Joe

 

Numbersの元ネタのフレーズは0:48秒~を聴いてみてください。

 

ゲストでは2019年末から"Meteor"がチャートでロングランとなったAMBITION MUZIK所属のラッパーCHANGMOが参加していますが、あんた金とか数字の話ばかりするね、それで人の価値測ってんの?というテーマの所に「俺くらい稼ぐレディーには興味あるね」と入ってくるラップで、主役のJamieを引き立てる噛ませ犬みたいになっているのが面白いです。

Jamieはこの曲のあとにも11月11日にパク・ジェボムとの"Apollo 11"、12月10日に”5가지 Christmas”と次々にリリースがあり、先週19日にはキャリア初のコンサートをオンラインで実施。来年は名作『jiminxjamie』(2018)以来のアルバムに期待したいです。 

 

 

10. Woo feat.CIFIKA "USED TO"

 


Woo (우원재) - 'USED TO' Feat. CIFIKA (씨피카) (Color Coded Lyrics Han/Rom/Eng/가사)

 

 Wooことウ・ウォンジェはAOMG所属のラッパー。2017年に「SHOW ME THE MONEY6」で全くの無名から後述のNucksalに続くベスト3に入り、番組のほとんど最初から最後まで、「普通」の感覚を生きる人々は目を背け耳を塞ぎたくなるのではないかと思われるような、生と死への情念を吐き出す姿を見せ続けました。最近ウォンジェが口座番号をタトゥーにしていた話のツイートがバズっていましたが、彼のリリックを一度でも読めばそれが表面的なエピソードの1つとしか思えなくなるはずです。

 8月18日に初のフルアルバム『BLACK OUT』をリリースし「SHOW ME THE MONEY6」で彼を審査して事実上発掘したTiger JKとも再共演を果たしています。リードトラックの"USED TO"はMVも出ていますが、フィーチャリングしたCIFIKAのパートをオミットした別テイクのため今回は音源バージョンを挙げました。ボースティングというにはあまりに沈鬱な内容の歌詞が痛々しいですが、0:51~両唇破裂音([b])を中心とした阻害音で巧みなフロウを作っていく所など技術的にも見せ場があります。

 

CIFIKAはThird Culture Kidsというクルーに所属するエレクトロニカ/テクノの音楽家。LAに住んでいた頃Arcaに憧れ、名前を「CA」で終わらせようと思って思いついたステージネームを名乗っています。2016年にSoundcloudへの楽曲をアップロードし始めるとともに韓国へ移住、同年の韓国大衆音楽賞(Korean Music Awards、後述)にノミネートされるなど、いきなりシーンに現われたという点ではウォンジェと共通する点があるといえるかもしれません。彼との共同作業は2019年の"지금이 아니면(Now or never)"以来となります。

 

こちらは8月14日、光復節を前にCIFIKAがエクスペリメンタル・エレクトロニカ的に解釈した大韓民国の国家。ただし詞を歌うことはなく、Youtubeの動画概要欄には韓国語で「国を愛する全ての人のために」、あるいは英語で「For those who stand for liberty and freedom」と、ニュアンスの異なる二文が添えられているのみ。

 


“光復” (애국가 by CIFIKA)

 

"USED TO"で短く挟まれるCIFIKAのヴァースはひんやりとした大理石ですが、 ここでは上方から崇高なひかりが降り注ぐよう。またあるときは地の底から響く死者の呻きのよう。音楽性やスタイルの近似も含めてしばしば言及されるbjork・FKA TwigsやGrimesに加えて、Velvet Undergroundとの活動で最も知られるモデル/歌手、故Nicoの巫術性を帯びて近づきがたい峻嶮さ、他方で生の奥行きに触れていこうとする感覚を持ったような豊かさ、いずれをも兼ね備えた豊穣な歌声にただただ惹かれます。

 

 

11. Stray Kids "청사진(Blueprint)"

 


Stray Kids "청사진" Video

 

 Stray KidsはJYP Entertainmentに所属する8人組グループ。今年は『GO生』と後発リパッケージの『IN生』というひと続きのアルバムによって、音源成績のうえでも躍進の年になりました。その端緒となったのが結局はこの記事の最初の方で挙げたCooking Videoということになるのですが、当時はなんだこれ考えた人最高…?とTLも無邪気にざわついていた気がします。

11月22日にはOH MY GIRL(以下おまごる)とコンサートの日程が被って、現地開催だったら両方行くの無理だったな~と思いつつ両方楽しみました。コンサートを見ると改めて、このグループがロマンティックなモチーフをほとんど主題にしていないことに気づかされます(もちろんそう解釈することができる歌はある)。めちゃくちゃストイックですが、ホモソーシャルには陥らないところもある。

もともとの前身が3RACHAというメンバー3人(バンチャンハン・ジソンチャンビン)でのクルーであり、そもそもHIPHOPアティテュードをメンタリティの基幹として生まれたことと、そうしたアティテュードには露悪的な側面があるにもかかわらずアイドルが求められるある種の潔癖性も作用してなのか、あるいはリーダーのバンチャンのパーソナリティゆえなのか、Stray Kidsでの楽曲のディレクションにちょうどいい塩梅を生み出しているのかなーと個人的に思ったりしています。一言でいえば高潔さを感じます。

 

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色々な思い出があった1年

 

”청사진”は青写真のことで、スキズのアルバムに必ず1つは入っている「EDM寄りではない」曲枠。青白を基調とした爽やかさ全開の映像とてらいのない率直な歌詞、それと個人的にですがハン君の声のトーンが曲に合っていて、物事を前向きに推進していく力を随所で与えてくれるようなところがとても好きです。

 

 

12. Rothy feat.CHANYEOL of EXO "OCEAN VIEW"

 


[MV] Rothy(로시) _ OCEAN VIEW (Feat.CHANYEOL(찬열))

 

2017年、「バラードの皇帝」シン・スンフンの事務所Dorothy Companyから初めてデビューした歌手。ハンリム演芸芸術高等学校時代から3年にわたって指導を受けた彼の秘蔵っ子で、デビュー後は必然的に「キム秘書がなぜそうか?」「僕が見つけたシンデレラ」などドラマOSTへ忙しく参加してきました。

他方でこれまで2枚のEPを発表しており、その中ではシン・スンフンのペンに拠らないヒップホップ~R&Bにより接近した楽曲で溌剌としたヴォーカルを聴かせています。なかでも白眉はスタンダードのGrover Washington Jr. の"Just the Two of Us"進行をより現代的なR&Bに仕上げた"BEE"(2019年)で、Rothyも作曲のクレジットに名を連ねています。

 


로시 (Rothy) - BEE MV

 

2020年は目立った活動はなかったものの、8月13日に自作曲の"OCEAN VIEW"をリリース。ちょうど1ヶ月前の7月13日にEXO-SCのユニットアルバムを出したばかりの、MOONの項でも触れましたがリード曲の"1 Billion Views"がかなり良かったチャニョルがラップしています。Rothyが「(孤独を感じることなく)1人で旅する方法」を紹介していくとぼけたMVの雰囲気に合う、レイドバックしたフロウです。こういうスタイルだったらAOMGのLocoをフィーチャーしていたらなとか思わなくもないですが、この曲のリリース時期だとまだ入隊中でした…(9月12日除隊)。

"OCEAN VIEW"は普段の夏だったら典型的な夏ソングだったのでしょうが、今年はこういう状況だったわけで、同時期の7月28日に出たRavi&ハ・ソンウン"Paradise"と共に、なんか野外ロケしかも海のMVひさびさ感ある…と思った記憶があります。

 

 

13. DRIPPIN "Shine"

 


DRIPPIN(드리핀) ‘Shine’ MV

 

Woolim Entertainmentから10月28日にデビューしたばかりの7人組グループ。2019年に行われたサバイバル番組「Produce X 101」(プエク)に参加・活躍したメンバーが多いそうですが著者は番組を履修していないため、全然メンバーの名前とか知らない状態でデビューEP『Boyager』を聴いてたらめっちゃ良い曲がある!!!となって今回挙げたのがこの"Shine"です。

この曲いいなーと思って曲名で検索したらすでに詳しく紹介されている方がいらっしゃったので、ここで記事も紹介させてください。クレジットに載ってる作曲/編曲家のディスコグラフィや、melonのアルバム紹介にある「choir(クワイア、聖歌隊)」というキーワードについて書いてくださっています。

 

note.com

 

ので、楽曲に関して私が加えて書くことはほとんどないのですが(まずメンバー覚えなよという声が…)、次の項目で紹介するウリムの先輩であるLOVELYZ(ろぶりず)との関わりで、少しだけ書いてみようかと思います。

DRIPPINのデビューEPの中で"Shine"はデビューショーケースで披露された、所謂サブ活動曲の1つでした。一般的にサブ活動曲として選ばれるのは、しばらくデビュー曲で音楽番組に出たのち後続曲としてステージでパフォーマンスを行えるもの=振り付けがあるダンサブルな曲が圧倒的に多い。また新人グループを売り出していくということであればなおさら、フレッシュさをアピールする機会をより多く作ろうと考えるのが自然のように思えます。実際、音楽番組でのサブ活動曲にはいきいきとしたコレオが印象的な"Overdrive"が選ばれています。

 


[항공캠4K] 드리핀 'Overdrive' (DRIPPIN Sky Cam)│@SBS Inkigayo_2020.12.06.

 

対照的に、"Shine"はメンバーのハーモニーを聴かせることにより焦点を当てた曲です。ゴスペル風ソウル…と言うにはリズム隊が軽快に過ぎるものの、いくぶんライトな音色のフェンダーローズで弾くフレーズとクワイア風のコーラスからは明らかにそのフレーバーを聴いて取れます。そうした楽曲の特性にも関わらず、ティーザーに引き続いて11月16日にはそれなりに撮影セットも準備された、ただ歌っているだけではないミュージックビデオが用意されました。

 

ここで2014年に遡り、同じウリムのろぶりず先輩の歩んだ道を振り返ると、デビュー曲となったのはその後のグループのサウンドと世界観までも決定づけることになった、作曲チーム1peaceの手によるシンセポップ"Candy Jelly Love"でした。ですが、デビューショーケースでまず歌われたのは先行して公開されていた"어제처럼 굿나잇(Goodnight like Yesterday)"であり、音楽番組でも今でいうサブ活動曲としてショートバージョンで披露されています。

10月14日に行われたろぶりず初のオンラインコンサート「Deep Forest」を観覧しましたが、彼女達へのメッセージを掲げた世界中のファンの映像の下で歌われたのは、アンコールの定番曲となった"Goodnight like Yesterday"でした。ろぶりずはこの曲でその歴史を幕開け、それは今ではファンとお別れをするときの曲になっています。 

  


LOVELYZ - 어제처럼 굿나잇 Goodnight Like Yesterday 2017 SUMMER CONCERT ALWAYZ LOVELYZ - Sub. Español

 

私はケイがサビで歌う、「2度と会えない人たちが口にするあのさよならとは違うかもしれない」という部分が本当に好きです。

歌詞のこの部分については、12月10日に当ブログで小澤みゆきさん(@miyayuki777)主催の文芸アドベントカレンダー向けに書いた以下の記事で、4月に翻訳が出たチェ・ウニョン作家の『わたしに無害なひと』と絡めて触れています。韓国文学に興味のある方にも読んでいただけたら嬉しいです。

 

towerofivory.hatenablog.com

 

このときの記事では、「二度と会えない人たちがするあのさよなら」という歌詞は専ら個人的な関係の終わりという文脈で検討しましたが、アイドルが(特にアンコールで)このような曲を歌う場合には、必然的にアイドルとファンダムの関係性という観点が立ち上がってきます。アイドルが舞台から去るとき、あるいは物語が本当に終わるとき、ファンダムはただそこに残される。

他方、より身近な生活においても、人と人のあいだには日常的につねに別れが付きまといます。誰かといつも一緒にいるということはなく、いっときにせよ断絶が厳然としてあるし、そしていつの日か本当に、2度と会えなくなってしまう。さまざまな理由があって会えなくなったり、会わないことを選択したりしますが、最終的には死のために。アイドルを応援しその姿を見届けることは、周りの人びとと共に終わりある生を生きることの相似でもある。

 

ウリムの聖歌隊は変わらない愛情を高らかに歌う。"Shine"に心打たれた人は、聖歌隊の歌を聴くたび過去を懐かしみ、現在を噛みしめ、未来に待つ別れを想う。ろぶりずの"Goodnight Like Yesterday"がそうであるように、"Shine"はDRIPPINとファンダムとが共有していく物語の、栞のような歌になるのではないでしょうか。

 

   

14. LOVELYZ "절대, 비밀(Never, Secret)"

 


Lovelyz (러블리즈) - 절대, 비밀 (Never, Secret) (Deep Forest)

 

前項でも触れましたが2014年10月デビュー、Woolim Entertainment所属の8人組グループ。歌手活動後にバークリー音楽大学で学んだユン・サンを中心とする専属作曲チーム1pieceのバックアップを受け、優れた楽曲を次々とリリースします。しかしTWICEGFRIENDといった2015年デビュー勢に次々と追い越され、音楽番組での1位獲得は2017年5月16日の"지금, 우리(Now, we)"まで待たなければなりませんでした。

その後は、これまで確立してきたコンセプトがあるにも関わらず迷走を続けた感がありセールス的にも伸び悩み、その葛藤は2019年に出演した女性グループサバイバル?番組「Queendom」でも見て取れます。カバーステージで相手グループ(おまごる)の曲の選択に悩んだ末、ミッションで得た権利を使って他のグループの曲(Brown Eyed Girls"Sixsense")を選びます。大胆なイメージ転換を図った結果は芳しくなく、また対抗馬とみられていたおまごるが「Queendom」以降大きく飛躍したことと比較するような言説もインターネット上ではしばしば見かけました。

 


류수정의 독보적인 카리스마 Tiger Eyes 조심 🐯 | RYU SU JEONG_Tiger Eyes | 러블리즈 | Lovelyz | 수트댄스 | Suit Dance

 

その後、年少組のケイとリュ・スジョンが相次いでソロアルバムを発表します。わざわざソロを出すとなれば、それに見合った新奇さ/グループのスタイルとの差別化と、無論そのアーティストの個性を引き出せている内容が求められるでしょう。これらの点で、殊にスジョンに関しては”Tiger Eyes”で理想的なソロデビューを果たしたといえます。

 

しかしグループ活動としては1年3ヶ月の沈黙を強いられ、9月1日にようやく7thミニアルバムの『Unforgettable』でカムバック。タイトル曲はハリーポッターの記憶が失われる呪文にインスパイアされた”Obliviate”で、シックな衣装とdeep houseのトラックに、弦楽器などこれまでのろぶりずらしいエレガントな音色を加えていく楽曲という明らかに「Queendom」を経た後、を感じさせる方針転換がみられます。

そういう意味ではウリムとしても挑戦だったのですが、今までのスタイルとは違う意味でのキャッチーな路線というか、セールスに重点を置いた感はあるのかなという印象でした。契約更新が2021年なので、ドショだけながらも久々の1位獲得は良かったなと思います。

Deep Forestコンサートではこの曲と、「Queendom」でリリースされたムーンバートンのトラック"Moonlight"だけがメドレーとしてある意味独立してセットリストに入れられており、事務所としても次のリリースのコンセプトではこうした方向の楽曲へと舵を切るかどうかをかなり迷っているのではないでしょうか。

 

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マッパンではハリーポッターのコスプレ舞台を披露

 

他方、『Unforgettable』のB面曲はこれまでのろぶりずのディスコグラフィーに調和するような楽曲群が並んでいます。特に、4曲目の"Never, Secret"は完全に"Goodnight Like Yesterday"のサウンドを自己引用的にイミテートしている、姉妹のような曲です。実際、プロモーションのビハインドでもスジョンが収録曲の中で"Never, Secret"を好きな理由を話すときに、"オグンナ"="Goodnight Like Yesterday"に触れる場面があります。

 

個人的な意見ですがろぶりずの特性が最も発揮されるのは、華美で輝くばかりのシンセポップ、上物の絢爛さに反してナイーヴなメロディと歌詞をメンバーが適材適所に歌っている楽曲、だと思うのですが(なので、似てると言われてるけどどんなコンセプトも独創的にこなすし基本体育会系で陽キャなおまごるとはグループの性格がぜんぜん違うのでは?となる)、それゆえ楽曲の中でヴォーカルのライン配分がどうなっているか、という部分が最も気になります。

 


러블리즈(Lovelyz) “그 시절 우리가 사랑했던 우리(Beautiful Days)” Official MV

 

一聴してそれとわかる瑞々しいケイの歌声が不動の中心にあり、憂いを含んでいてハスキーな声質のスジョンとの王道コンビネーションが、対置し高め合う形で楽曲の本流をなしている。さらにリードヴォーカルからハイノートまでどのポジションもこなせるパク・ミョンウンが屋台骨で、とりわけ天空突き刺し型(?)のハイノートが強いベビソルオンニがいて、基本的にはその4人のヴォーカルバランスが楽曲の微妙な方向性というか、どういう刺さり方をするかを決めているのかなと思います。

前作にあたる”Beautiful Days(그 시절 우리가 사랑했던 우리、略して그우사우)"は上述したろぶりず楽曲のエッセンスが結実した金字塔だったといえますが、セールスには結びつきませんでした。他方、とりあえずは好評を得て結果を残した"Obliviate"は、コンセプトの転換はあったもののナイーブな楽曲主題という点では既定路線を外しておらず、ウリムが次の一手をどうするのかが楽しみです。契約更新年を余裕で乗り越え、永く活動してほしいグループです。

 

 

15-16. Stella Jang "Reality Blue", "Good Job"

 


[올댓뮤직 All That Music] 스텔라장 (Stella Jang) - Reality Blue

 


[올댓뮤직 All That Music] 스텔라장 (Stella Jang) - Good Job

 

GRDL Entertainment所属のシンガーソングライター。

中学時代にフランスへ留学し、高等教育機関のGrandes Écoles(バイオエンジニアリング専攻)を出てロクシタンに就職したそうですが、韓国で2013年には音源デビューしていて本格的に音楽に専念するために退職。以降、Crucial Star、Lil Boi、TakeOneと名のあるラッパーが多かったGRDLでは珍しい存在としてリリースを続けます。

 実は上述した3人とも、現在は事務所を離れています。この中では、なんといってもリルボイが先週終わった「SHOW ME THE MONEY9」のファイナルで納得の優勝を遂げたばかりで、番組のセミファイナルで披露された"Bad News Cypher vol.2 "では、TakeOneをゲストに迎え共演するシーンもありました。去年彼らがリリースした”Bad News Cypher vol.1”の続編的な位置づけでしょうか。vol.1の方はGIRIBOYがウジュピヘン(後述します)のクルーと作った"vv_2"のブーンバップなトラックを使っています。vol.2のビートは完全に1992年のDr.DreSnoop Doggのクラシック、"Deep Cover"を下敷きにしていて、リルボイのスキルフルなフロウが映えるトラックです。

 


[ENG] SMTM9 [9회] '잘난 체 해줄게' Bad News Cypher vol.2 (Feat. TakeOne) - 릴보이 @세미파이널 EP.9 201211

 

ちなみに、リルボイ自身はHalftime Recordsの看板を背負って独立したものの、レジェンダリーなデュオGeeks名義としてはGRDLに身を置いたままで、9月には後述のDeVitaをフィーチャーして久々のシングル"Heartbreake Hotel"もリリースしています。

現在、GRDLには2018年に日本のラッパーSALUとも仕事をしているJaMezz、「SHOW ME THE MONEY」常連のMckDaddy、「マイ・ディア・ミスター」などに出演した俳優のパク・ホサンを父親に持ち、「高等ラッパー2」でHAONと共に活躍したPULLIKらが所属しています。

 

完全に脱線しかけているのでステラに話を戻します。2019年に発表されたキャッチーなシングル"YOLO(You Only Live Once)"では、テーブルトップのルーパーで入力・サンプリングしながら曲を作り上げていく様子をMVや自身のYoutubeチャンネルで公開していました。

 


[Roomlive] Stella Jang (스텔라장) - YOLO with loop station

 

この年の後半、彼女の2016年の曲"COLORS"Tiktokで使われていたことからバズり、この曲も"YOLO”同様の手法で作られているためか今年1月のM Countdownに4年前の曲で(!)出演したり、過去にも幾度か出演している「ユ・ヒヨルのスケッチブック」でもサンプラーを前に"YOLO"を歌うなど、Tiktokでのバズがきっかけで思いがけず脚光を浴びることに。

そんな中、今年4月7日に初のフルアルバム『STELLA I』でカムバックします。ハミングで始まる『STELLA I』冒頭の"Go Your Way"も"YOLO", "COLORS"同様の手法で作曲されており、耳を引くオープニングになっています。タイトル曲の"Villain"もひと癖あるジャズシャンソン調です。かといって、フランス語圏の強烈な個性を持つSSW(クロ・ペルガグやレオノール・ブーランジェ)のような前衛性・実験性を持ち合わせているわけではなく、むしろフォーク、ジャズ、インディポップ、カントリー、ゴスペル、ソウルミュージックといった英米圏の音楽を消化し、韓国語でそれらを軽やかに行き来している(私の観測範囲内では)希少な人物…というふうに見えます。

 

今回挙げた2曲は甲乙付けがたく、けっきょく両方とも選びました。"Reality Blue"は現実のしんどさから一時的に離れたものの、旅から戻れば変わらないむなしい自分が居て、という普遍的で共感できるテーマを歌うフォーキー・ソウル。やるせな口笛を吹くステラの後ろでは、ペダルスティールギターの音も気だるく宙を漂っているようです。

"Good Job"も仕事でくたびれるばかりの帰り道、目を閉じながら「私へ、クソお疲れ様」と自分に労わりの言葉をかけてあげるリフレイン、生活の中からそのまま出てきたような歌で真情に満ちています。60年代のソウルシンガー達を支えたマッスルショールズのフェイム・スタジオのセッションマンのような、リズム隊の重厚ながらも必要最小限でタイトなバッキングが、重い足取りと心持ちに生命を吹き込んでくれるようで涙が出ます。

 

 

17. CODE KUNST feat. Paloalto, The Quiett "PEOPLE"

 

 

Youtubeでは音源が見つからないので、Spotifyのリンクを貼っておきます。

前述のHoodyやWooらと同様AOMGに所属する音楽プロデューサー。通称はコクン。AOMGに入る前はHYUKOHに続くアーティストしてYG傘下のHIGHGRNDレーベルに入り、同レーベルの創始者であるEPIK HIGHTABLOと共に『B4.DA.$$$』が爆売れしたころのJoey Bada$$と曲を作ったりしています。自らマイクを握ることはなく、2018年にAOMGへ移籍する以前から事務所の垣根を超えて一級のシンガー・ラッパーを迎えたトラックを世に出し続けてきました。

バラエティー的?には、「SHOW ME THE MONEY」でPaloaltoと共に審査/プロデューサー役として777と直近の9に出演しており、前者ではチームミッションで制作された"Good Day"がチャート1位に上り詰めましたし、後者でも「777」に続いて自チーム(コパルチーム)からファイナルに2候補を送り出し、番組を盛り上げました。

 

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ファイナルの日は疲れてた…?

 

4月2日リリースの『PEOPLE』は、AOMG移籍後初のフルアルバムになりました。さすがにAOMGや兄弟レーベルのH1GHR MUSICメンバーのフィーチャリングが多いものの、NucksalやC JAMM、Car the Gardenなど、これまでのアルバムでも共同作業をしてきた面子と楽曲を作り続けているという特徴もみられます。

 タイトル曲の"PEOPLE"でフィーチャリングしているのは、いずれも10年に及ぶ歴史を持つHI-LITE RECORDSとIllionaire Recordsをそれぞれ率いていたPaloaltoとThe Quiett。Paloaltoは今年アーティスト活動への専念のため同レーベルのCEOを退き、The Quiettは共同設立者であるDok2の脱退(2月)に続いてIllionaire Recordsのレーベル解散を発表するなど、それぞれ大きな動きのあった1年でした。

 

"PEOPLE"の冒頭はジャズヴォーカルをサンプリングした風のノスタルジックなトラックから始まりPaloalto、The Quiettの順に登場しますが、こうして2人のフロウを順番に聴くとその特徴はかなり対照的です。

Paloaltoは重厚な低音と安定したリズム感を一貫して聴かせていく。先述の"Good Day"でもそうですがメロディを歌うときにも滋味、深味を感じさせます。他方、The Quiettは『Millionaire Poetry』(2017)などソロの作品で覗かせるThugな雰囲気とは違った、肩の力の抜けたラップを展開しています。このフロウで吐き出される「If you show me some love / I'll show you  much more luv」というリフレインはしゃらくさくて良かったですね… 

 

 

18. Samuel Seo "운(Cloud)"

 


서사무엘 (Samuel Seo) - 운 (STUDIO LIVE with 김오키, UNITY band.) [선공개 비디오]

 

Samuel SeoCHEEZEや日本でも知名度のあるバンドSe So Neonが所属する Magic Strawberry Soundレーベル所属のソロ歌手。音源成績の反映されないアワードである「韓国大衆音楽賞」という、名前のわりにはそんなに大衆的ではない賞で毎回のようにノミネート・受賞を重ねており、2020年度(昨年分)はフルアルバム『the Misfits』R&B・ソウル部門の大賞に選ばれています。

 

 10月21日に発表された『UNITY II』は、2018年にリリースされた『UNITY』に続くシリーズ物として位置づけられますが、感覚的には前作の『The Misfit』の延長上に位置づけても違和感のない印象です。

『The Misfit』に関するインタビューで、彼は以前ドレッドヘアをCultural appropriationとして厳しく批判されたことについて触れました。それ以来、彼はアーティストとして音楽スタイルだけでなく、文化を尊重する姿勢を身につける必要性を感じたといいます。ジャズ、ソウル、R&Bなどアフリカン・アメリカン音楽の多大な影響を受けつつも、ソはネオソウル・R&B歌手といった括られ方を嫌い、韓国人アーティストとして制作をすることの意味を追求していることを公言しています。

 

『UNITY II』では、相変わらずD'Angeloを髣髴とさせるトラック("One")があったり、Roy Ayersを意識してビブラフォンをフィーチャーした"Cycle"の面白い取り組みもあり、また”Link”のような曲ではあらゆるアフリカン・アメリカン音楽を飲み込みつつ展開するコンテンポラリーなジャズシーンへの関心も窺えます。近いバイブスとしては、少し前のRobert Glasper Experimentなどが挙げられます。

 


Robert Glasper Experiment - Calls ft. Jill Scott

 

しかし、タイトルトラックの"운"ではより複雑な音楽性の交錯がみられるように思います。

まず2016年の"Hit & Run"ぶりにフリージャズ畑のサックス奏者、Kim Okiが作曲とフィーチャリングで参加し、中盤で抑制されたソロを聴かせています。

オキはジャズを足場にしつつも広範なジャンルの垣根を越えて制作し、例えば2019年の『Spirit Advance Unit』ではラッパーのJJANGYOUや前述のWooをゲストに迎えています(先述したWooの『USED TO』のMVにも出演しています)。そのアルバムによって2020年度の「韓国大衆音楽賞」では2年連続受賞のBTSを抑え、ミュージシャン・オブ・ザ・イヤーに選ばれています。そして、今年リリースのアルバム『For My Angel』では鎮魂的なタイトル曲"내 이야기는 허공으로 날아가 구름에 묻혔다."でソがフィーチャーされていて、"운"でのオキの参加はそのお返しのようなものでしょうか。

さらに、音源では韓国の伝統音楽サムルノリでも使われる打楽器チャングが不思議なファンクネスを作り出していたりもする。そしてA Tribe Called Questのマスターピース"Electric Relaxation"風のメランコリックなフレーズが、全編に渡る緊張を静かに引き締めている…といったように、ただ音楽的な雰囲気を取り入れるレベルを超えて韓国人がアフリカン・アメリカン音楽を探求していくということを体現していく、ソのスタイルがよく示された楽曲になっています。

 


A Tribe Called Quest - Electric Relaxation

 0:14秒~ 

 

 

19. Fisherman feat. Khundi Panda "Murphy"

 

 

これもYoutubeでは音源が見つからないので、Spotifyのリンクを。

FIshermanはGIRIBOYの主催するクルー、WYBH( 우주비행 (ウジュピヘン))に所属するプロデューサー/トラックメイカー。WYBHには他にCosmicboyJiwoodnopfといったDJ/プロデューサーやgeorgeKid MilliHan YohanOLNLChoiLBといった名の通ったシンガー/ラッパーが多数所属しています。GIRIBOY名義ですが、2019年にほぼWYBHクルーのコンピのようなアルバム『KGVOVC from wybh vol.1』も出しています。

 


[MV] GIRIBOY(기리보이) _ vv 2 (Feat. Kid Milli, ChoiLB(최엘비), Kim Seungmin(김승민), Hayake)

 

Fishermanは2015年に、「ギリくん、今日なにするの?」という謎の日本語モノローグで始まるGIRIBOYの"호구"をプロデュースしていますが、2017年以降3作のソロEPも発表してきています。

10月18日に2枚組アルバム『The Dragon Warrior』をリリースしますが、勇ましいタイトルとは裏腹に基本的にスローなchillout~Erectronica~lo-fi HIPHOPのあいだを行き来しつつ、半数以上を占めるインストゥルメンタルのトラックで自己の内面へと深く潜りこんでいくような内容です。ゲストのBewhYやKhundi Panda、10月から軍服務中のXXXKim Simya、Suminらの声が、その隙間を埋めていきます。いずれもフロウ巧者でどの1曲を選ぶか本当に最後の最後まで迷いましたが、時の人でもあるということでKhundi Pandaとの曲"Murphy"を選びました。

 

BewhY率いるDejavu Group所属のラッパーKhundi Pandaは、元々スキルの高さにおいても音源作品の芸術性やそのリアルネスにおいても一目置かれていた存在で、「SHOW ME THE MONEY9」ではセミファイナルでの敗退となったものの確実に番組の中心人物の1人となっていました。放送では実力者として参加者・プロデューサーを問わず畏敬される面と、インスタで自炊垢を持っているとか猫好きとかの意外な面をギャップで(制作側が)見せていたなという印象でした。

 


SMTM9 [9회] '오늘 이곳에서 난 불러' Hero (Feat. JUSTHIS, Golden) - 쿤디판다 @세미파이널 떼 EP.9 201211

 

今年初のフルアルバム『GAROSAWK』をリリースしていますが、2017-8年ころにSoundcloudでリリースしていたミクステの楽曲と基本的にアティテュードは変わらず、ラップで表現する人間であること、世間の黙殺や金が関わることで変容していくシーン、そこでの挫折による葛藤をリリカルに切り取って描いていきます。そういったどちらかといえばナード的感性を根本に持ちつつも、番組では自身のスキルに絶大な信頼を置いて中央突破していく内容のリリックを貫き、そのスタイルはセミファイナルでいまや最高のケミとなったプロデューサーのJUSTHISとゲストのGOLDENを迎えた"Hero"という名曲に結実します。

 

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ファイナル、脱落者ステージのKhundi Pandaバースに嬉しそうなJUSTHIS

 

敗れはしたものの、奇しくも"악역"=悪役という曲を準備したSwingsと、「自分が自分のヒーローになろう」という内容のラップで対峙した姿にはカタルシスを覚えました。ただ、Khundi Pandaは脱落時のコメントでこの番組で辛かったのはアーティストが簡単に消費されていくこと、自分もその対象となるかもしれないことが怖い…という話をしています。

 


[ENG] SMTM9 [10회] CREDIT (Feat. 염따, 기리보이, Zion.T) - 릴보이 @파이널 2R EP.10 201218

 

優勝したリルボイの曲"CREDIT"にある「この幕が下りて音楽が過ぎ去れば みんな去っていくだろうけど もう少しだけ残ってて」という歌詞のくだりは、番組で本人が話していたようにスタッフや出演者へ感謝として向けられたものでもあり、また同時に、ラッパーをコンテンツとして貪欲に消費しそれを自ら省みることのないリスナーと、それを招く元凶である「SHOW ME THE MONEY」の番組自体に対しても向けられた訴えと取れないでしょうか。あらためて指摘するまでもないですが、Khundi Pandaのコメントが示唆するKHIPHOPとメディアの結託が孕む問題は、アイドルというまぎれもない人間をエンターテインメントとして誇大に拡張するメディアとそれを際限なく消費するファンダムの無思慮な姿勢と、構造的には全く同じ様相を呈しています。

 

Fishermanも、実はトラックメイカーとして「SHOW ME THE MONEY9」に大きく関わっています。本戦ステージで、Fishermanと同クルーのGIRIBOYチームに属したウォンシュタインの出場曲"적외선 카메라(Infrared Camera)"で、Slomと共にトラックのクレジットに登場。

 


SMTM9 [8회] '난 사랑에 빠졌어' 적외선 카메라 - 원슈타인 @본선 EP.8 201204

 

イントロの特徴的なシンセサイザーワークを聴けばFishermanだ!となるし、『The Dragon Warrior』と通ずる音色や楽曲の内省的な主題の共通性、さらにはウォンシュタインの歌唱が映し出す内面世界がますますそれと共鳴するのが、手にとるように感じられると思います。

そして同番組の最終話では、最終候補に残ったリルボイのためにオルガンで始まる多幸感&切なさ爆発ソング"CREDIT"(先述)を再びSlomと制作し、その優勝に影ながらも大きく貢献したのでした。

 

 

20. Nucksal feat.DeVita "The Fall"

 


[ENG] 넉살 - 추락 (feat. DeVita) Official M/V

 

 NucksalはDeepflowがCEOのVMC(VisMajor Compaby)所属のラッパー。昔から長い髪がトレードマークなことから넉언니(ノクオンニ)と呼ばれています。何といっても「SHOW ME THE MONEY6」で準優勝を果たして名を上げ、ダデュ(Dynamic Duo)チームでは当時小学生だったチョ・ウチャンとのコンビでも注目されました。卓越したスキルのみならず、そのエンターテインメント性や面倒見のよさを生かして「SMTM」続編の777ではDeepflowと共に審査員/プロデューサーとして活躍、「高等ラッパー2」と続編3のメインMC、その他Dingoでの企画やバラエティ番組にも引っ張りだこの人気ラッパーとなっています。

10月にリリースされた『IQ87』は4年ぶりのフルアルバムで、Nucksalが触れたさまざまな文学作品からの随想の断片が語られているものとなっているそう。"The Fall"は人生において人びとが「墜落」していくとき、その経験をどのように認識するのかはさまざまだろうと語っています。MVの最後には、墜落を上昇に変えようというNucksal(アニメバージョン)が描かれるポジティブなエンディングで幕を下ろします。

 

フィーチャリングで登場するDeVita(デビータではなくドゥビタ)は、もともとChloe DeVita名義で前述のBronzeと同じ8 BALL TOWNに所属しており、レーベルの中心人物KIRINのプロジェクトにしばしば顔を出します。DeVitaというステージネームはミュージカルや映画でも知られるアルゼンチンのカリスマ的人物エビータ(エヴァ・ペロン)と、Devilの語をと組み合わせて造ったとのこと。

 

今年の4月にAOMGが「Who's the next AOMG?」と題した匂わせ動画?を公開し、23歳か24歳で歌が本当に上手、どこと契約するのかと思ってた…という内容から、前年にYG Entertainmentとの契約が終了していたイ・ハイではないかという憶測が流れていました。

 


DeVita (드비타) - [CRÈME] Making Film

 

しかし蓋を開けてみるとそれは知名度ではかなり劣るDeVitaで、ニューディスコ風の素晴らしいデビュー曲"Evita!"は再生数も伸び悩んでいたように思います(その後イ・ハイもAOMGとの契約を発表)。ただ歌唱の実力は匂わせ動画でコクンが言っていたように素晴らしく、"The Fall"ではYou want the rhythm without blues...という、曲の主題に示唆を投げかけるようなリフレインを聴かせています。

また、フィーチャリング仕事でもAOMGのレーベルメイトを中心に出番を増やし、特にGooseBumpsの”Somewhere”ではGRAY、フディやELOと彼のAOMG入社ウェルカムトラック?で共演しています。(GoosebumpsとGRAYのダブルシグネチャサウンドがかっこいいです!)

 

 

21. oceanfromtheblue "wish"

 


oceanfromtheblue - wish

 

oceanfromtheblueはNostalgia Music所属のシンガーソングライター。今年は3枚のEPと2枚のシングルアルバムを続々ドロップした後、11月25日にとどめのフルアルバム『Luv-fi(2020)』をリリースするというめちゃくちゃな多作ぶりを発揮しました。とはいえ本人にとっては作りまくることが身上というわけではなく、創作的意欲の爆発時期にあたっていただけのようです。

 彼は2018年に『Luv-fi(2018)』というアルバムをリリースしていて、2020のほうが”Wirye New Town(outro)”で幕を下ろすのに対して、2018のほうが"Wirye New Town(intro)"で始まります(Wirye New Town=ウィレ新都市)。時系列としては作品のリリース順とは逆になりますが、そういう意味ではエピソード0的な続編にあたります。

 

4月リリースのEP『take off』が個人的なディプレッションと向き合った作品であったのに対し、『Luv-fi(2020)』は彼の従来の作品どおりラブソングが並んでいます。その中で、"wish"は厚いストリングスアレンジが施された気品漂うトラックです。実はこの曲の原型は彼がOCEAN名義でsoundcloudを中心に活動していた2016年に既に発表されていて、アレンジも『Luv-fi2020』のバージョンよりかなりシンプルでした。皆さんはどちらが好みでしょうか?↓

 


OCEAN - WisH

 

歌詞でImma be u r ocean..と甘く語りかけるところがあるんですが、自己言及的なリリックというのはしばしばうんざりさせられるような代物だったりします。彼の場合はそういうことはなくて、伸びやかに歌うときもくどさを感じないし声の魅せかたを本当に把握して歌っているんだなと思いました。

 

 

22. Jiselle feat. Moon " 미공개곡"(unreleased song)

 


[4K 60P] 200202 Jiselle (지젤) X Moon (문) -

 

この記事の並びは最初に断ったようにランクをつけるものではありませんが、個人的な音楽体験でいえば2020年といえばこの曲だったな、と思います。JiselleはMOONと同じくMillion Marketに所属、2019年にデビューしたばかりのR&Bシンガー。SM Entertainmentの新人グループaespaの日本人メンバーGiselleとは読み方も一緒のジジェル(지젤)ですが、まったくの別人です。

3枚目のシングル"Problem"ではpH-1がフィーチャリングでついたり(8月のインスタライブでpH-1本人も優れた女性歌手としてHoodyらと共にJiselleの名前を挙げています)、ATEEZの楽曲プロデュース全般に関わるKQ EntertainmentのEDENのマンスリープロジェクトである「EDEN_STARDUST2」に参加したり、Million Marketから最近独立したChancellorのプロジェクト、"AUTOMATIC"ではBabylontwlv、BIBIそしてMOONという歌唱に実力のある顔ぶれに混じってトリで参加していたりと、頭角を現しつつある存在となっています。フレーズの端から端までめっぽう上手いMOONとキャラ立ちしまくってるBIBIの後に登場となると若干分が悪いかと思っていましたが、フディのような透明感・クールネスと新人離れした艶のある節回しの使い分けが光っています。↓はMOONがお休みの5人バージョンでのクリップ。

 


챈슬러, 베이빌론, 트웰브, 비비, 지젤 _ AUTOMATIC | 스페셜클립 | Special Cilp | CHANCELLOR, BABYLON, TWLV, BIBI, JISELLE

 

11月5日には、パク・ジェボム、イ・ハイを筆頭にめちゃくちゃ豪華なフィーチャリングを加え28人になったメガミックス、"AUTOMATIC OFFICIAL REMIX"がリリースされています。これを聴いて自分の好きなトーンの歌手を見つけるのも面白いと思いますので、ぜひ観てみてください。

 


AUTOMATIC REMIX - Various Artists With Artists Video ver.

 

 今回挙げたのは、2月2日にRolling Hallという、ソギョドンの有名なライブハウス25周年記念イベントで披露されていた曲。MCでも曲名についての言及がなく、ただ「미공개곡(未公開曲)」としているのみです。このライブの時点ではまだ持ち曲が4曲、それとこの未発表曲あわせても5曲と短いライブです。

Rolling Hallは着席でもキャパが250くらい入るそうですが、もう1月の第4週あたりから音楽番組は無観客で収録を行う事態になっていた頃です。この日はどうだったんでしょうか、普通に歓声飛びまくってるし、抜本的な感染対策が行われる前のようです。ライブを記録した別の動画では、最初の曲が終わった後のMCでJiselleが「中止になるかと思っていたところ舞台を披露できて嬉しいけど、常にマスクをちゃんと着用していただき手の消毒もなさるようお願いします…」と話しています。

一見12月現在とさして変わらない光景のように見えますが、JiselleとMOONのこの歌を聴いたとき、今まで自分が知っていたホンデの街にはもう戻れないのではないかということが、体感として解ったような気がしました。2020年2月初旬という時期を鑑みると、この映像に記録されたRollingの空気とそこで2人が歌う名前もわからない音楽には、終末後の世界の虚空をやけに感じさせるものがあります。

 

 

23. CHUNGHA "STAY TONIGHT" 


[BE ORIGINAL] CHUNG HA(청하) 'Stay Tonight' (4K)

 

MNH Entertainment所属のソロ歌手。「Produce 101」→I.O.I.での活動を経て、2017年6月に前述のNucksalをフィーチャーした"Why Don't You Know?"でデビュー。その年からMAMA(Mnet Asian Music Awards)でベストダンスパフォーマンスを受賞するなどプデュ出身組で最も幸先のいいスタートを切ると、2019年には1月2日にリリースした"벌써 12시 (Gotta go)"で音楽番組1位を次々に獲得して殻を破った感が出てきます。

さらには、アジアに出自を持つJoji・Higher Brothers・Nikiといったアーティストが集ったプラットフォーム、88 RisingのRich BrianのチルR&B"These Nights"に客演し、レーベルコンピ『Heads in the Clouds II』のリードトラックともなりました。そして今年の11月にはかねてから連発してきたアルバム先行シングルの続編として”Dream of You”発売の告知があったうえ、11月26日には上記の88 Risingとの契約まで発表されるという大躍進ぶり。大手事務所の戦略とはまったく異なるルートから世界進出の足がかりを掴んでいます。

 

 

OSTやタイアップの楽曲も含めると今年はなんと1月から12月まで毎月音源を出し、八面六臂に活躍しつづけたチョンハを最後に待っていたのはまさかのコロナ感染でした。しかし、12月9日に始まったばかりのリアリティ番組「달리는 사이(Running Girls)」では、音楽のために競走馬のように走り続けることが強迫観念となっているという自身の苦悩をさらけ出すシーンがありました。アルバムリリースのタイミングでの休止が、チョンハにとって良いきっかけとなることを願ってやみません。

 

"Stay Tonight"は、上述のアルバム先行シングル第1弾として4月27日に出ます。Deep Houseをメインとしたトラックですが、MVからして楽曲以上にチョンハとますます人数を増したダンスチームのパフォーマンスに重きを置いていることは明らかです。ヴォーギングとワックダンスの要素を織り交ぜ、チョンハ本人/ダンサーのメイクやスタイリングもゲイカルチャーを意識したものとなっており、先述したようにコロナ感染のためリリース延期となっている初のフルアルバム『Querencia』でも、この曲は世界に飛び出していくディーヴァに相応しいリードトラックとなることと思います。

 

 

24. Cherry Coke feat. Paloalto "we're dying"

 


체리콕(Cherry Coke) - we’re dying (feat. Paloalto) [LIVE] 🎤 스피커 앞에서 온몸으로 즐겨봐 | SOULBY SEL with KozyPop

 

 シンガーソングライターのCherry Cokeは2016年に本名から現在の活動名とし、Soundcloudでの活動を中心としつつ先述したSLEEQやJ'Kyunといったラッパーリリースに客演もしています。2017年にシングル『UP』でデビュー、翌年には4曲入りのEP『Blind』を出しますが、これほどまとまった量でのリリースは9月12日発売のフルアルバム『every flower you gave me』が初めてです。

全曲のコンポーズは本人が関わっていますがアレンジは全曲別々のプロデューサーが行っています。もともと彼女のソングライターとしての持ち味であるメロウなR&B色と、ハウス/テクノミュージックがいい塩梅のバランスで混在したような楽曲群が並びます。今回挙げたリード曲の"we're dying"ではDeepshowerが編曲を務めており、彼が2018年にリリースした名盤『COLORS』のラインナップに入っていても違和感のなさそうなdeep houseベースのトラックです。ちなみにこのアルバムはRemix albumが後続して出ており、Deepshowerはここでも参加していて2step/GarageのRemixを上梓しています。

 

 


Cherry Coke - we’re dying (Deepshower VIP Remix) | Official Audio

 

Cherry Cokeの歌唱は本記事で挙げてきたAOMGの面々のような抜群にスキルフルなタイプではないですが、ミステリアスで陶酔させられるような魅力があると思います。

じつは、Cherry Cokeは勝者がAOMGとの契約を手にすることのできるサバイバルプログラム「Sign Here」に出演しています。4話でラッパーCloudy Bayとのチームで挑みますが審査員15人のうち5人のサインを獲得するに留まり、審査員の1人だったNucksalには「Cloudy Bayのラップを逆に引き出せていなかった感がありました」と評されるなど実力を発揮できず敗退しています。

曲の話に戻りますが、Paloaltoのラップをこういうお洒落な四つ打ちで聴くことってほかにあまりないと思うのですが、ゆったり乗せるラップで低い声がムードにも合ってるし無敵だな~となります…なお3曲目の"hell you"では前述したKhundi Pandaも客演しています。

 

 

25. GWSN "Tweaks ~Heavy cloud but no rain"

 


GWSN (공원소녀) - Tweaks ~ Heavy cloud but no rain (Color Coded Han|Rom|Eng Lyrics/가사)

 

KIWI Media Group所属、韓日台の多国籍メンバーを擁する7人組グループ、公園少女。2019年までに発表された3枚のEPは「THE PARK IN THE NIGHT」と題されたテーマの下にリリースされ、タイトル曲の音楽的な統一性も保たれていました。公園少女はタイトル曲だけでなくB面曲クオリティの高さも定評があり、今年は4月23日に4枚目のEP『the KEYS』でどんな新しい局面へと入るのか期待していました。

 

本作も全篇優れたトラックが用意されており、なかでもタイトル曲"BAZOOKA"と本項で挙げた"Tweaks"はディープハウス・ガラージュ・エレクトロハウス等これまで公園少女が得意としてきた四つ打ちを取り入れた楽曲群の系譜を汲んでおり、前者によりポップなフレージングが見られるのに対して、後者ではずっしり重いシンセベースが印象的です。メインラッパーのエンがいつも耳をひくファニーボイスをしているのですが、この曲では全く目立たないですね…BAZOOKAも是非聴いてみてください。

 

 

26. B1A4,OH MY GIRL,ONF "너와 나의 시대(OURS)"

 


(MV)B1A4, 오마이걸(OH MY GIRL), 온앤오프 (ONF)_너와 나의 시대 (OURS)

 

ソウル特別市麻浦区望遠洞373-6にある、WM Entertainmentに所属する3グループによる「社歌」…ではなく、9月4日に行われた事務所のファミリーコンサートと同日に発表された曲です。

 JYP NationやSMTOWN LIVEなど、事務所のメンバーが一堂に会するファミリーコンサートって大きな事務所ではそれなり恒例になっているところも多いですが、中小事務所となるとそうもいかなくて。2018年12月にWM初のファミリーソング兼クリスマスソングの"Timing"が出て、その年はStarship Entertainmentも同時期にそういう曲をリリースしていたのでKぽ1ねんせいだった私は「事務所で一緒に曲やるのってけっこう恒例なんだ♪」と認識していましたが、ファミリーコンサートとなると無縁でしたし、大きい事務所だけがやるものだろうとあまり思い入れはありませんでした。

 また開催に当たってはもっと別の問題、兵役がいやでも絡んできます。WMの場合で言えば、"Timing"が出た1ヵ月後にB1A4のシヌが入隊し、ただでさえ5人から3人へと減っていたグループ全体としての活動もしばらくはできなくなります。シヌが除隊した今も、この後に同じくメンバーで92年生まれのサンドゥルと93年生まれのゴンチャン、さらには弟グループのONFの94年生まれ組も続いて兵役期間が迫っています。つまり今回のWMコンはB1A4とONF全員が揃うタイミングに何とか捻じ込んだ形での開催ということになります。

(もちろん服務中のメンバーがいなくてもファミリーコンサートは可能です。去年私が見に行ったCUBE Entertainmentの日本版コンサート、「U & CUBE FESTIVAL 2019 IN JAPAN」では、BTOBが服務中のウングァンミニョクチャンソプを除く4人でのグループステージや、ソロ曲を披露していました)。

 

 蓋を開けてみたらWMコンは本当に、心から開催されて良かったな…という内容だったのですが、なんといってもそれはTiming以来のファミリーソングとしてコンサートと同日リリースされ、その最後を締めくくった"OURS"の存在に負うところが大なのでした。"OURS"の好きな所を挙げていくときりがないので、曲終盤のWyattミミのラップについてだけ触れます。 

 


[MV] B1A4, OH MY GIRL(오마이걸), ONF(온앤오프) _ Timing(타이밍)

 

そもそも ”OURS”は、”Timing”と同様にMONOTREEファンヒョンのペンによる作品です。2人が距離を縮めるタイミングは雪降るクリスマスの今しかない!という"Timing"から少し関係が進んで、いまは横を並んで歩く「あなたと私の時代」に。そういった意味でもこれは"Timing"の正統な続編と言えそうですが、"Timing"の随所に感じられたロマンティックな要素は排され、より普遍的な人間愛を押し出しています。

 

動画の3:17~Wyattの4バースが始まり、それを継いでミミが4バースラップします。Wyattのリリックは基本的には曲全体の嬉々とした歌詞を引き継ぎ、何にも代え難い大事な人が共にいてくれることを静かに喜ぶような内容です。

それに対して、ミミは一言目で悲しい事実を突きつけます。「お互い行く道は違うんだよ」と。思えば、この曲のタイトルは「あなたと私の時代」で、「私たちの」、ではないのでした。どんなに愛しても尊敬しあっていても一心同体の1人になることなどなく、結局他者は他者であり、自分とのその境目を踏んづけていることに気づいたとき、あらゆる人間関係は幻だったかのように色あせてしまう。全員敵音頭じゃないか。すべてが幻なのだとしたら、それならこうも苦しんでまで生きている意味などないのではないか。

しかし、それに続けて「だとしても、」とミミが手を差し出します。たとえ道は違っても約束しよう、あなたの手の横には私の手。他者があることによって自己があると気づくことで、すなわち孤独を抱きしめることによって、人は自分を、そして周りの他者のことを理解していけるのかもしれない。ふと差し出された手に、この人も自分と同じように孤独と向き合って生きているのだと思いをなす。絶望と希望と、悲しみと幸せと、どちらか片方だけでは生きていけないことを、"OURS"のWyattとミミは思い出させてくれます。

 

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麻浦区望遠洞373-6、ありがとう…

 

それでは、WMそれぞれのグループの今年の曲についても簡単に触れていきます。

 

 

27. B1A4 "For BANA"  

 


B1A4 '더 뜨겁게 사랑할 여름에 만나요'(For BANA)│팬들에게 보내는 B1A4의 마음💌 돌아와줘서 고마워요 B1A4 [it's KPOP LIVE 잇츠라이브]

 

B1A4はWMコンの後、10月19日に3人体制として初めてのフルアルバム『Origine』をリリース。12月5日にはオンラインコンサート「Documentary Live」を開催するなど、弟たちの兵役にむけて慌ただしくスケジュールを消化しています。シヌの入隊前から既に制作が進められていた『Origine』は、いまやメインラッパー不在ということもありスムースで優しさを湛えた歌モノが並ぶ、円熟の1枚となっています。

 

”For BANA”はそのタイトルのとおりファンダムであるBANAへ向けた曲で、80年代風のシンセの音色に優しく包まれるソウルバラード。サンドゥルが歌う、もっと熱く愛し合える夏に会おう…というサビは、サンドゥルと、もしかするとゴンチャンも軍服務期間が明けているであろう、2022年の夏のことを指しているんでしょうか。「Documentary Live」のアンコールはこの曲で〆られたのですが、イントロからイヤイヤしていたゴンチャンが歌い出しから号泣してしまいサンドゥルに抱きつくというシーンがありました。それは歌えなくなるよね…となっていたらスタッフのサプライズミニスローガン作戦も始まり、私ももらい泣きしてしまいました。

WMのアイドルの歌唱は、万人が痺れるような圧倒的な上手さ、みたいなのではなくて16人全員がはっとするような歌の表現をするんですよね。この前、"For BANA"を聴いてたら「WMドルの歌は情緒がある」という話をきいて、なるほど、今それ以上しっくりくる言い方思い浮かばないな…情緒…となりました。

 

 

28. OH MY GIRL "살짝 설렜어(NONSTOP)"

 


[BE ORIGINAL] OH MY GIRL(오마이걸) '살짝 설렜어(Nonstop)' (4K)

 

4月27日リリース、Melonをはじめ5つの主要チャートで1位に上るなどおまごる最大のヒットとなった"살짝 설렜어(NONSTOP)" です。この曲については既に2度記事を書いており心残りもない(?ので、そちらを紹介しておきます。

 

towerofivory.hatenablog.com

 

towerofivory.hatenablog.com

 

成功と収穫に満ちた何も言うことはない1年で、個人的にはヨントンでリリックうろ覚えのミミと"OURS"でマイクを回したのが思い出です...  活動に関して強いていうなら、前年下半期の過密スケジュールがおそらく1月のジホの一時的な休止に影響しただろうという点はやはり記憶しておくべきで、あとコロナ禍においてまで日本オリジナル曲をあれだけ続けてリリースする必要あったのかなというのはありますが…  アンコールが私の大好きな"우리 이야기(OUR STORY)"で終わるオンラインコンサートを見て、泣きながらソウル公演に行かなければ…という気持ちをますます新たにしました。オンコンの円盤かVODを早く…(↓これは去年のペンミの時のウリイヤギ)

 


190420 오마이걸 - 우리 이야기 (Our Story) Live 직캠 @ 오마이미라클 1기 팬미팅

 

 

29. ONF "오늘 뭐 할래(Good Good)"

 


[LIGHTS ON] Ep.75 '오늘 뭐 할래 (Good Good)' Self-Cam

 

2020年度のおねのぷは「Queendom」のおまごるに続いてMnetのアイドルサバイバル番組「Road to Kingdom」に出演したことと、あとはもしかしたら日々の地道なVLive活動で?トレンドに入ったりして知名度を伸ばしていきます。著者はおねのぷとVERIVERYの舞台のみ番組後に視聴しただけなので内容について触れられることはありませんが、8月10日リリースの5枚目のEP『SPIN OFF』は自身の初動売り上げ最多を記録してBugsのチャートでは1位を獲得しており、「Road to Kingdom」の影響は認めざるを得なさそうです。

 

 今年のカムバックはこの1度のみでしたがEPの内容は多彩で、レゲエとこれまでのタイトル曲でおねのぷの看板ジャンルみたいになっているフューチャーベースが合わさった"Sukhumvit Swimming"から、MKのアドリブの「おっ♪」とオートチューンでの節回しが素晴しい"Good Good"(↑動画)、2月にファンソングとして先行リリースされていたシンセポップバラードの"Message"まで良い曲が満載。さらに加えるなら、パク・ジフンが主演するWEBドラマ「恋愛革命」のOST、"Not a Sad Song"もファンヒョン節全開でEPに入っていればな…という素晴しい出来でした。

 


[MV] ONF(온앤오프) _ Not a sad song(이별 노래가 아니야) (Love Revolution(연애혁명) OST Part.1)

 

 

30. BIBI "쉬가릿(She got it)"

 


비비(BIBI)의 '쉬가릿'! 귀여운 외모에 그렇지 못한 가사...!?│쉬가릿 (She Got It) - 비비 (BIBI) [it's LIVE 잇츠라이브]

 

BIBIは、Wooの項で先述したTiger JKとユン・ミレ夫妻主催のFEEL GHOOD MUSICレーベルに所属するシンガーソングライター。

2019年SBSのオーディション番組「THE FAN」で彼らの推薦で登場して注目され、5月15日にはシングル"BINU"でデビュー。年末にはJ.Y.Parkの"Fever"に自身のレーベルを立ち上げたラッパーのSUPERBEEと共にフィーチャリングするなど実力はすぐに知れ渡り、2020年は4枚のいずれも優れたシングルを発表したほかnaflaZICO、B1A4、Crushなど畑を問わずフィーチャリングで引っ張りだこの存在となります。TWICEのミニアルバム『More & More』では、"Fever"で味をしめたらしい餅ゴリと連名でタイトル曲"More & More"の作詞を手がけたことも記憶に新しいです。

 

YoutubeHIPHOP専門チャンネルdingo freestyleとの共同名義で発表された"she got it"、タイトルは쉬가릿(cigarette)とかけたBIBI得意の言葉遊びです。そして、MVでのタイトル表記には쉬가릿(cigarette and condom)とあるのです。リリースに先駆けたdingo freestyleの動画シリーズ、「BIBIの黄ステッカー」では彼女がこの曲を作るに至った経緯に触れられており、自分と同年代の子達に向けて健全な性を楽しむにはどうしたらいいか、歌で伝えたいと話していました。

 

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徒花を咲かせているような退廃的な脆さと強烈な天衣無縫さが同居しているようなパフォーマンスで、BIBIは本当に忘れがたいシンガーです。運命は偶然を支配するだろう、だからウォッカとルーレットに己の行く先を任せる…前作"KAZINO"での姿がまさにそうでした。"she got it"でもその両面性の魅力は十分に発揮されているし、またこのテーマを歌うことで家庭環境や不十分な教育環境、とどのつまりそれらの大元となっている社会環境などの根本的原因ゆえに、あらゆる危険に曝されている女性を狡猾に利用しようとする男性社会にも銃口は向いている。betの種となり囚われている女性を血まみれになりながらも救い出す"KAZINO"と同様、彼女なりに巨大な相手と戦うとはどういうことかを示した1曲だと思います。

 

 

・おまけ 今年のカバー4曲 

 

1. Wheein "Candy" 

 


[Special] Candy (Cover by 휘인)

 

フィインはRBW Entertainment所属の4人組グループ、MAMAMOOのメンバー。ベッキョン(EXO)の5月のカムバック曲"Candy"を音程を上げてカバーしています。正直なところ、原曲は楽曲のよさにも関わらず心から楽しめないところがあり、歌詞やステージ構成からは、どうしてもシスヘテロ男性の女性に対するセクシャルなアプローチという記号を見出さざるを得なかったのでした。

しかし、この曲のフックである"Girl, I'm your Candy"というメタファーを、今やゲイアイコンとしてその名が語られることも多くなってきたMAMAMOOのフィインが歌うことで、そこに光を見出す沢山の人たちがいるはずです。わざわざGirlと男性が呼びかけ、(基本的には)異性愛者にフィットするよう描かれたリリックを鮮やかに価値転覆している例として記憶に残りました。 

 

 

2. Jeon Jiwoo "Take you down"

 


[ENG] GOOD GIRL [2회] 전지우(JEON JIWOO) - Take You Down @크루탐색전 200521 EP.2

 

チョン・ジウはここ2年ほど曲に恵まれていない男女混成4人組グループ、KARDのメンバー。KARDの個性的な4人の中でも一度見たら忘れられないカリスマ的な存在感があり、歌唱にも無二のグルーヴがあります。前述のMnetの番組「Good Girl」にも出場し、これは第2話のクルー探索戦ステージでの舞台です。

Chris Brownの10年以上前の、これも”Candy"以上に直接的でセクシャルな内容の曲をカバーしていますが、ジウ自身が番組内でダンサーを全て女性にしたことに意図があると語っています。男性が女性を歌で性的に対象化して語ることはあっても逆はあまりない、ということへのアンチテーゼとしてもとれると思います。カバーということで音源も出なかったのですが、ジウのこのステージは本当に多くの人に観てほしいです。

 

 

3. 00s "Psycho"

 


00s - Psycho (original song: Red Velvet)

 

2000年生まれアイドル達のユニット、パンパンズによるRed Velvetキャリア最良曲サイコのカバーステージですが、この日のヒョンジン君のエンディング妖精本当にすごかったよね…と思うと同時に、1人の人間を前にして、いつまでキレイカワイイカッコイイ尊い(KKKT)でいるんかな自分は…みたいになり勝手に落ち込んだりしていました。外見主義と美的価値とをどう分けて捉えたらいいんかなみたいなことは今後考えていきたいです…

 

 

4. MimPD, Yooa "eight"

 


[밈PD | MimPD] eight(에잇)_IU(아이유)cover. YOOA 유아(sha)solo /ft.걱순이

 

おまごるのミミ a.k.a MimPDのYoutubeチャンネルでユアが披露した、尊敬するIUソンベニムの新曲、"eight"のカバー。IUが自身の事務所Youtubeチャンネルでおまごるの"dolphin"をカバーしたことから"dolphin"のチャート上昇が始まり年間をとおして意味の分からない売れ方をしたり、さらにメンバーのヒョジョンスンヒがそのチャンネルにゲストとして招かれるという「IUおまごる大蜜月時代」、あるいは「IUのおまごる大フックアップキャンペーン」の気運のなかで発表されました(フックアップはHIPHOP用語で売れてない若手を曲にフィーチャーしたりして世に知らしめること)。

ろぶりずの項でスジョンのソロデビューが成功といえる要件について言及しましたが、ユアたまのデビューEP『Bon Voyage』のプロダクションや舞台構成はさらに高い水準でそれをやってのけていたと思います。以下はタイトル曲の"숲의 아이"のパフォーマンスに関して、以前書いた記事です。

 

towerofivory.hatenablog.com

 

以前の記事では触れられませんでしたが、ユアの毅然として輪郭のはっきりしたヴォーカルは、おまごるのメインダンサーというパブリックイメージにおいて比較的見過ごされてきた部分です。断絶や悲嘆、悪夢といったイメージを想起させつつも、最後には美しい記憶を抱きしめて生を肯定し、ポジティブな想いが凌駕していく"eight"のテーマは、ユアの歌唱にぴったりでした。 ちなみにIUはユアの歌だけでなく、最後に入るMimPDの「예뻐~~~」の声にも抜け目なくかわいい!と言及してくれています。キャンペーンすごい…

 

 

 

・おまけ2 まとめプレイリスト 

 

最後に、記事で言及した30曲(22のみ未発表曲のため、JiselleとMOONの両名が参加している"AUTOMATIC"に差し替えています)をまとめたSpotifyのプレイリストです。

 

2020 Kぽ(30曲)

 

 

 

それから、この記事では書けなかったけど次点で選んだ50曲のリストです!よかったらどちらも聴いてみてください~。

 

2020 KぽII(50曲)

 

 

1.  PUFF DAEHEE(KIRIN) feat.DeVita "Movin'"

2.  Baek A Yeon "Looking For Love"

3.  Risso "HIGH FIVE"

4.  JBJ95 "JASMIN"

5.  Sultan of the Disco "Waiting For Your Calling Back"

6.  oceanfromtheblue feat.BLOO "girl"

7.  ZICO "Cartoon"

8.  Apink "Yummy"

9.  Way Ched feat.Coogie, Paloalto, The Quiett "REC"

10. Jvcki Wai, Coogie, Paloalto, The Quiett, Bassagong "Fadeaway"

11. pH-1 feat. Simon Dominic, MUSHEVENOM "OKAY"

12. SUMIN, Zion.T "DIRTY LOVE"

13. Primary feat. Sam Kim, WOODZ, pH-1 "Bless You"

14. SEJEONG "SKYLINE"

15. MISO "Let it Go"

16. Alisha, FR:EDEN "Used To"

17. 015B, Wyne "#BNTK"

18. Irene & Seulgi "Diamond"

19. NCT U "From Home"

20. DPR LIVE "GELONIMO!"

21. YUKIKA "All flights are delayed"

22. GFRIEND "Labyrinth"

23. WJSN "Pantomaime"

24. Weeekly "Tag Me(@Me)"

25. LambC "December"

26. Sillica Gel "Kyo181"

27. Park Hyejin, nosaj Thing "CLOUDS"

28. Golden Child "OMG"

29. ELRIS "No Big Deal"

30. KIRIN feat. Simon Dominic, Hoody, UNITY Recordz "Fantasy"

31. YooA of OH MY GIRL "Diver"

32. EVERGLOW "UNTOUCHABLE"

33. LUCY feat. SURAN "Missing Call"

34. SOLE "haPPiness"

35. A.C.E "Baby Tonight"

36. EXID "B.L.E.S.S.E.D"

37. DKB "Tell Me Tell Me"

38. SAAY "I'm OKAY"

39. Rohann feat.HAON, CHANGMO "Never Change"

40. Aseul "2 Weeks"

41. Jeebanoff feat.SURAN "Guilty(remix)"

42. Haeil feat. Hash Swan, sokodomo "goblin"

43. Khundi Panda "Kickout Code"

44. Weki Meki "COOL"

45. CIFIKA "déjà vu"

46. OnlyOneOf "dOra maar"

47. Rohann, Rose de Penny, xs, Khundi Panda, DSEL feat. Gaeko, SOLE  "Y earned"

48. ONF "Not a sad song"

49. Stray Kids "God's Menu"

50. MCND "ICE AGE"

 

 

그 안녕 ク アンニョン

 

この文章は、小澤みゆきさん @miyayuki777による文芸アドベントカレンダーの10日目の記事です。2020年読んだ本のなかから、チェ・ウニョン作家の『わたしに無害なひと』を紹介いたします。

他の方々の記事は以下リンクから読めます!

 

adventar.org

 

 

 

「人と人とのことだもの」というようやくたどりついた達観を、でもやっぱり違うんじゃないか、と思うような夜がある。

自分が傷つくかもしれないというおそれから遠ざかり、目をきつくつむり鈍感でいようとする、ずるさのような気がして。かといって、だれかと親しく日々のできごとを分かち合いたいと思っても、自分のことばやまなざしが、いつか必ずその人を鋭く傷つけるということを、いやというほど知ってもいる。どうしたら善くいられるのか、またしても分からなくなった。

 

そんなある12月の夜、韓国のヴォーカルグループLOVELYZの曲、”어제처럼 굿나잇(Goodnight Like Yesterday)”と1日を終える。

 


lovelyz - 어제처럼 굿나잇(昨日のようにグッナイ) 日本語字幕

 

ある楽曲を音楽的に経験するとき、その楽曲を構成する要素の中で歌詞はどこまでも付随的なものだという考えをきくと、概ねそうなのだろうと思う。知らない言語でつづられる歌を聴くとき、私はどこが単語の切れ目なのかも分からない音の振動を聴いていて、それでいて心が動かされたりする。いや耳で聴くことすら、体性感覚をつうじて身体全体で音を感じることの一部でしかないともいう(山田陽一『響きあう身体 音楽・グルーヴ・憑依』春秋社、2017年 18-23ページ)。

だとしても、ある性質を持った歌詞がそれに沿った情動を伴うということも、経験的に否定はできない。

 

以下に示すのは、1分13秒からメインヴォーカルのケイが歌う4バースの歌詞。

 

 

하룻밤만 안녕 내일은 다 괜찮을 거야

一夜だけアンニョン 明日には大丈夫になってる

 

다신 안 볼 사람들 하는 그 안녕이 아닌 걸지도 몰라

2度と会わない人たちがする あのさよならとは違うかもしれないし

 

 

歌詞全体のストーリーを辿っていくと、もう終わりが見えている恋愛関係をなんとかしようとする主人公の絶望的なあがきが描かれている。どこにでもある筋書きだけれど、ケイが歌った「2度と会わない人たちがするあのさよなら」という表現は、ちっとも陳腐ではない。

 

韓国語の안녕 アンニョンは、Hi でもありByeでもある。後半のク アンニョン、すなわち「あのさよなら」は、前半にあるアンニョンとは異なった意味合いのフレーズになる。恋人の「ごめん」という言葉を聞かなかったことにしたり、上手に出来ていないのが分かっていても作り笑いをしたりしながら、ケイは今夜ここでしたアンニョンは「あのさよなら」とは違うんだ、と言い張る。そして、聴いている側もまた「あのさよなら」のことを知っているのだが、その経験されたかたちや認識の度合いは千差万別。普遍的なモチーフを、たった2語で無限に広げることに成功している。

作詞家キム・イナがプレゼントした、LOVELYZのこのプレデビュー曲のリリックのなかでも際立って優れた部分だ。

 

 

ところで、ケイの本名はキム・ジヨンという。1980年代初頭、韓国人女性に最も多かったという、あの名前だ(『82년생 김지영(82年生まれ、キム・ジヨン)』)。もっとも、ここで歌っているキム・ジヨン(김지연)氏は1995年生まれだし、ハングル表記ではイウンㅇ ニウンㄴの違いがあるから、カナ表記名からの連想で一緒くたにしていいものではないのかもしれないが。

話のおぼろげな繋ぎ目としてここで韓国文学を持ちだしてもいいのであれば、ケイが歌った「あのさよなら」を執拗に、克明に7編の物語に描き込んだ作品としてチェ・ウニョン作家の『わたしに無害なひと』を連想する。

  

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어제처럼 굿나잇のコード譜と『わたしに無害なひと』

 

 『わたしに無害なひと』のそれぞれの短編にも、親密な他者との関係においてもう後戻りのできない地点を越えてしまった人たちが出てくる。「あの夏」の語り手イギョンは、恋人スイと過ごした時間へ2度と戻れないことを願う。その世界を壊したのは自分だったから。「砂の家」では、90年代のインターネット通信で知り合った3人組(ナビ、コンム、モレ)が、お互いにもう会えなくなることを感じとりつつ別の道を進んでいく。

2人の主人公、イギョンとナビのどちらも、他者との境界におののき、その視線にがんじがらめになっている。だからこそ繊細な感性を持つ人間に対しては良くも悪くも感度が高いし、他者に依存することでようやく保ってきた自分の小さな世界が乱されれば、相手のせいにしてその苦しみからまぬがれようとするしかない。

 

軋轢が生まれていくプロセスには、主人公のあずかり知らないさまざまな要因が働いている。個々の性向や過去の経験といった個人的要因、勾配を生み出すもっと根本的な原因としての家庭環境の違い・経済面/教育面での格差。あるいは、ヘテロセクシズムに基づく偏見の目。傷つくことを恐れて虚勢を張り、無知にもあなたを傷つけていたのは自分だったと解っていく過程が描かれていく。どちらの話も、終幕に近づいていくにつれてひりひりした気持ちでどうにかなりそうになってしまう。

 

 だから、著者がこれらの登場人物の心の動きをじっと見守り、歩度をあわせながら筆を進めてくれることに救われる。そのまなざしは7つの物語を通して、傷つけあいながら愛するしかないすべての人びとへと注がれている。あれこれと取り繕ったすえ恋人を失い、しばらくの間はそれを引きずって、ほどなくして歩き始めるに違いない"Goodnight Like Yesterday"の歌い手にも。10数年も昔に自らの無神経さが引き起こした忘れてしまいたいできごとを、ぽつぽつと語り始められるようになったイギョンやナビにも。もちろん、この本を読んでいる人たちにも。

 

 

しかし、『わたしに無害なひと』の物語がもつ射程は、個人的な関係における困難さの領域にとどまらない。6月23日に行われた著者と温又柔さんとのトークイベントで、訳者の古川綾子さんが本書の表題にある"無害な 무해한"という語彙について、他人に迷惑をかけない...というようなときにも使われるがどうか、という問いかけをされていた。思った以上に簡単ではない、お互いを理解していくこと。迷惑というニュアンスを導入すれば、表題は『わたしに迷惑をかけないひと』と捉え直せる。

 

さらに、2020年現在のこの国において、一般にどのようなことが迷惑とされ目の敵にされているだろう、と考えてみる。そうすると真っ先に思い浮かぶのは、現実に目の前に横たわっている現代社会の構造的問題を根本的に変えるために行動し、声を上げる女性に対して浴びせられる、もはやマジョリティの人間とは論理という共通理解が成り立たないのではないかと思うような誹謗中傷だった。

前述したトークイベントの冒頭で著者は、「家父長制による抑圧を生きてきた人間として、抑圧された女性の人生を描かなければならない」と語っていた。『わたしに無害なひと』においても、さらにいえばデビュー作の『ショウコの微笑』の各短編においても、物語はこのアクチュアルな観点から紡ぎ出されている。 

 

 

 

 

おしまいです!ふだんはKPOPのことばかり書いています。

 

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踊り手はどこへ去るのか?OH MY GIRLユア"Bon Voyage"パフォーマンスを通して

 

OH MY GIRLメンバーから初、ユアのソロデビュー

 

 前回7月のエントリでは、OH MY GIRL(以下おまごる)の"NONSTOP"日本語バージョンの音韻とリズムに関する違和感について、音声学の観点から検討しました。

 

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それから2ヶ月の間、おまごる自体のカムバックはなかったものの、コラボレーションや日本語オリジナル曲のちょこちょこしたリリースがかなりのペースで続いており「あれ、また新しい曲出た?」とついつい聴くのを後回しにしちゃったりしていたのですが…

 

 ユニークだったのは8月7日リリース、韓国の子ども向けアニメ「ポンポン ポロロ」とタイアップした2曲("SUPA DUPA"と"Bara Bam")です。おまごるのキャラクターならではのキャスティングであると同時に、歌詞が意外と泣けたりミミが声質の生かし方において新境地を見せている部分もあり、音源チャートでのヒットがいまだに続いている(怖い…)"NONSTOP"や"Dolphin"に劣らない魅力爆発のリリースとなりました。

 

 


[MV] OH MY GIRL(오마이걸) _ SUPADUPA (천천히 해봐)

 

 

 

 

 そして9月7日には、もうすぐ誕生日を迎えるゆあたまがメンバーの中から初のソロデビューを果たしました。エントリの最後に少しだけ言及しますが、ティーザー画像の発表時には英語圏と思われるファンダムを中心に、ゆあたまの身につけている衣装や装飾品といった外的表象についてCultual Appropriation(文化の盗用、コロニアリズムに起源を持つ非対称的な関係における文化の商業的流用・借用)に当たるのではないかとして、ティーザー画像・映像の取り下げが求められる事態も起こりました。ひとまず、その話は措いて。

 

 

 

 以下本稿では、デビュータイトル曲"Bon Voyage"(韓国語タイトルは숲의아이=森の子ども)発表に関連して翌8日にリリースされた下記のパフォーマンス動画とソ・ジウム作詞の歌詞を参照していきます。歌詞の世界観に沿って繰り広げられるゆあたまとダンサーのパフォーマンスに表れる象徴性について、検討を試みます。また、歌詞の和訳は筆者によります。

 


유아(YooA) - 숲의 아이 (Bon voyage) (Performance Video)

 

 

 

イニシエーションの場としての森

 

まず触れておきたいのが、作詞を担当しているソ・ジウム氏についてです。おまごるにはこれまで”Closer”に始まりぴみじょこと"秘密庭園"や最新のカムバックタイトル曲の"NONSTOP"に至るまで、既に1ダースを超えようとする彼女達の代表曲への歌詞提供を行っています。

 

美しい君へ — 【ize訳】作詞家 ソ ジウム

 

2016年のインタビューでは、彼女が本領を発揮するのはSF・推理小説・そしてファンタジーといった、自分が経験できないようなことを詞にする時だと語っています。であれば、今回のように非現実的・非現代的な要素を多分に含むコンセプトの仕事では、彼女の言うように水を得た魚になっていたわけですね…

 

 

 

 では、適宜パフォーマンス動画を見ながらお付き合いください。まず、"Bon Voyageの"舞台が繰り広げられる「場」の確認から。この曲で終始舞台とされているのは、曲のタイトルにあるように「森」です。

 

 

보름달 아래 모여드는 반딧불이

오래전 설레었던 어느 Christmas처럼

눈부셔 참 눈부셔

満月の下に集る蛍が

昔ワクワクした、あのクリスマスのように

眩しい すごく眩しい

 

 

中盤の歌詞で「あのクリスマスのように…」、と唐突に飛び出すキリスト教文化習慣の示唆やパフォーマンス動画でのダンサーたちのティンカーベルを想起させる衣装から、「西ヨーロッパ文化圏をモデルとしたファンタジー世界における森」もイメージできそうですが、より抽象的な場の想定がふさわしいように思えます。

 

うっそうとした森という場は、神話的な文脈では異なったイメージをもたらします。そこは、非日常の「何かが起こる場所」であり、神秘的な景観を湛えていたり、あるいは凶暴で得体の知れない異形がひそんでいたり…いずれにせよ、未知のことがらを否応なく経験・通過することになる、イニシエーションの場のひとつです。世界中の神話において、このような場では冒険のカギとなる出来事が起こる、あるいはそれまでの自分から大きく生まれ変わる出来事を体験する、というのは英雄譚を中心とした個人神話において普遍的なパターンです(ジョーゼフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄』(上)[新訳版]、ハヤカワノンフィクション文庫、2015[1949])。

 

そんなところに飛び込んできて、精霊たちが作り出した森の入口を潜り抜けたのがゆあたまです。いったい、どんな物語が始まるのでしょうか?

 

 

 

継時的に変化していくリズム

 

ではここからは、演者であるゆあたまとそれと連動しながら主に舞台装置としてはたらくダンサーの織り成す表現を、私なりに読み取っていきます。

 

어느 날 난

조금 낯선 곳에 눈을 떴지

온몸엔 부드러운 털이 자라나고

머리엔 반짝이는 뿔이 돋아나는

그런 곳 이상한 곳

 

ある日、私は

ちょっと知らない場所で目が覚めた

身体じゅう、やわらかい毛が生えてて

頭には煌く角が生えてて

そんな、おかしな場所

 

 

冒頭で森の入口となるアーチを作っていたダンサー達が左右にはけて半円状の舞台を作ると、ゆあたまは暫く立ち上がることなく両の手の動きを中心に、この「おかしな場所」の状況説明を続けていきます。

 

普遍的な神話のなかで主人公の運命の変革をもたらす案内人として現われる使者は、しばしば動物や老人の姿をとって登場します(キャンベル、同上)。冒頭の歌詞では、人間としては異形と思える姿に「変異」したゆあたまが示されています。 

この物語の主人公は間違いなくゆあたまでしょう。しかし、演者と鑑賞者という関係性において異形のゆあたまは、さらにもうひとつの役割を担います。鑑賞者が、"Bon Voyage"の世界に顕現するさまざまな抽象的イメージに触れながら冒険をしていくにあたっての案内人となる存在。儀礼の場としての森は主人公だけではなく、鑑賞者にもひらかれています。

 

 

길을 잃으면

키가 큰 나무에게 물어야지

그들은 언제나

멋진 답을 알고 있어

 

道にまよったら

背の高い木に訊かないと

いつだって

素敵な答えを知っているから

 

 

演者に意識を戻します。Tropical Houseのビートが消え、しんと静謐な空間のなか精霊の手を借りて立ち上がると、樹木に触れたり精霊と戯れたりといった、ゆあたまとダンサーとの連動したコレオが続きます。ゆあたまが自然との一体化を、律動的に楽しんでいるような。

 

そして大いなる自然は、世界の本質を耳うちしてくれます。悩むことはないのだと。この背の高い木や主人公に耳うちする精霊は、境界を越えていくにあたって行く先を示してくれるトリックスターのようなイメージを喚起します。

 

 

지금 난

태어나서 가장 자유로운 춤을 춰

난 춤을 춰

나는 찾아가려 해

신비로운 꿈

 

いま、私は

生まれてからいちばん自由に舞い踊る

私は、踊る

私は求めて行く

神秘的な夢を

 

 基本的には中心円ないし精霊たちの描く円・半円の空間内で完結していたリズム運動が明らかに変わるのは2番のブリッジ~ドロップ部分です。ゆあたまは両腕に群がった精霊たちを最初は1体ずつ、続いてもう一方の手ではひと振りで、しなやかに還していきます。精霊の助けで境界を越えた彼女は、ただ1人となった舞台でまさしく「生まれてからいちばん自由に舞い踊る」。空間的な伸縮、力性的なアクセントがこれまで以上に強くつけられ、ダイナミックに生命が息吹くリズムを迸らせているのが鑑賞者にも伝わっていきます。

 

 

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アウトロでは、再び精霊たちが作ったアーチをくぐり抜けて主人公は去っていきます。このアーチは、ここまで物語の舞台となっていた森という場からの出口と考えていいでしょう。ただ、アーチに手をかけて後ろを(鑑賞者の側を)振り返ったゆあたまの表情や瞳、窮屈そうな肩、後ずさる動作の連続は、一抹の不安を感じさせます。

 

 

 

プリミティブな文化=イノセンスの象徴?

 

ゆあたまが全体の舞台を通して表現してきたものの核は何か、改めて振り返ると、イノセンス、純真、ということではないでしょうか。この曲のそもそものタイトルは「森の子ども」とあり、現実の人間世界から隔絶された空間を体現するダンサーたちと主人公とのコミュニケーションのあり方がそれを象徴しています。また、そうした演者のあり方を印象づける装置として、重要なドロップ部分にはトライバルなビートとチャントが配されています。

 

さらに観点を差し挟むとすれば、ダンサーが全て女性であるというジェンダーバランスにも触れておきたいところです。KPOPにおいてバックダンサーを従えて演じられる舞台の表現内容については、男女の人数比率やメインアクターとの接続の性質といった角度からも検討する余地があるはずです。(もちろん、男女と限定するのを前提とした議論は、QueendomでのAOA"Egoistic"のようなパフォーマンスを前にした際に大きく揺らぐでしょう)

 


[ENG sub] [3회] ♬ 너나 해(Egotistic) - AOA @2차 경연ㅣ커버곡 대결 컴백전쟁 : 퀸덤 3화

 

 

たとえば、もし"Bon Voyage"のパフォーマンスでダンサーに1人ないし2人、(ダンサーとしての振る舞いや装いなどが男性的であると判断しうる)男性が含まれているとしたら、プロデューサーは全く異なる表現を考え直さなければならないでしょう。この森の先を抜けたら、踊り手はどこへ去るのか。非日常ではないところ、日常へ。それはただ純真なままではいられない現実に戻ることであり、暴力性のひそんだ社会へと戻ることであり、いまだに家父長制的価値観の影響が強く残った男性中心の社会へと戻ることです。こうした現実との対比として、"Bon Voyage"の森では男性的な表現、あるいは異性愛規範性が排除されているとも考えられます。

 

 また、"Bon Voyage"において視覚的にも音楽的にも折衷的に組み合わせて作られた「プリミティブな」意匠は、イノセンスという象徴を示すための根本的な装置として機能しています。こうした民族的なモチーフの一部は、「プリミティブな」文化のなかで暮らしてきた人びとが大航海時代から帝国主義の時代にかけてコロニアリズムの下に征服・収奪され、抑圧されてきた歴史的事実と分かちがたい文脈を持ちます(今回のコンセプトイメージについての議論は、具体的にどのような文化からのイメージ流用が行われているのかを探しまわるやその事象自体の是非を問うことではなく、民族的な意匠が記号として持つ象徴的意味作用を、制作側がどの程度恣意的に取り込んでいるのか、が論点になるのではないかと思います)(参照:S.K.ランガー『シンボルの哲学 理性、祭礼、芸術のシンボル試論』、岩波文庫、2020[1942])。

英語圏のファンダムによる抗議はTwitterのリプライを流し読むかぎり拙速に過ぎると思われる面も多分にありましたが、拡大しつづけるメディアであるKPOPのオタクとして、少なくともその表現のありようを捨て置かずに注視していくことも必要なのではないでしょうか。

 

 

おわりに

 

最後になりますが、この舞台で繰り広げられた一連のエピックを外部から眺める鑑賞者として、何を受け取るのか。おとぎ話として捉えるのも、もちろん1つです。個人主義の時代を生きる私たちにとって、森に導かれた子どもが自然と一体となることで自己と世界の本質を同一にみる=いっさいのエゴイズムから解き放たれる、という自己救済のストーリーを読み取ることは、すごく魅力的です。

ただ、それで掬い上げられない生もあるはずです。本稿でふれたようにこの物語はいまや、ゆあたまを通して鑑賞者にひらかれたのです。ファンタジーをファンタジーとして閉じ込めたままにせず、この世界の多様にひらかれた生をまなざすときのひとつの道しるべとして、森の子どものお話を大事に受け取りたいと思います。

 

 

 

 

OH MY GIRL NONSTOP JP Ver. 歌詞を音韻の面から聴いてみる

 

 

 

NONSTOP JP Ver.お披露目!

 

 

久しぶりのブログです、下半期一本目のエントリもOH MY GIRLことおまごるになりました

 

6月29日、おまごる公式Twitterから”NONSTOP”の日本語バージョンの音源配信がいきなり告知されました。

 

 

 

 

 

さっそくNONSTOPの音源を一聴してみた印象としては…

この曲のメインフレーズである「キュンときた大好き!」とそれに続く「\コンナハズジャナイ!!/」が気になったものの、その後何度か通して聴いた感じでは日本語歌詞として卒のないプロダクションに思えました。ただ、twitterで"NONSTOP 歌詞"とか"NONSTOP 日本語"で検索するとファンダム界隈ではこの部分の歌詞について、わりかし否定的な論調が多いという感じでした。

 

その理由として主に、①「リズムが心地よく聞けない」、②「韓国語の原曲と歌詞の意味が変わっている」、の2点が挙がっていました。②に関しては、紐解いていくとかなり多くの視座を含んだ議論が必要と思いますので最後に軽く触れる程度にし、今回は前者①を中心に検討していきます。

 

 

韓国語と日本語の特徴 -アクセントをどこで採るか?

 

 

まず、少し古いですが2018年12月に日本デビューを控えたおまごるのインタビュー記事が出たんですが、その中で、ミミが日本語でラップする際に苦労した点について、興味深いコメントを残しています。ちょっと該当箇所を見てみましょう。

 

 

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音楽ナタリー ミミが日本語のリズムで苦労した点

 


 韓国語ではパッチム(子音)でアクセントを作れる…というのはどういうことかを理解するには、まずモーラ音節という概念から知らないといけません。以下、『音韻論』(菅原真理子編、朝倉書店、2014)と『音声学・音韻論』(窪園晴夫著、くろしお出版、1998)に依拠しつつ例示していきます。

 

たとえば、「おまごる」という日本語の発音をする際、音素で表記すると/o ma go rɯ/と表記します。日本語の音声はこのように基本的に子音+母音で構成されており、お・ま・ご・る、とそれぞれ1単位ずつ長さで捉えます。この1単位を1モーラとする捉え方で、撥音(ン)や促音(ッ)も1モーラとして数えます(例:ぱいなっぷる=6モーラ)。他方、英語話者はモーラではなく音節 syllable で音声を数えるので、たとえば、"nonstop"という語彙はnon-stop、と2音節で区切って長さをあらわします。

 

日本語は基礎語彙の殆どにおいて母音で終わる開音節言語であり、英語は逆に子音で語が終わることが多い閉音節言語。韓国語も後者の閉音節言語の仲間に入ります。そうなると単語をどこで区切るか、かなり日本語との違いが出てきます。子音+母音で多くの語彙が構成されている日本語の場合、語尾には必然的に母音が来ることがほとんどであり、単語を区切る位置も母音ということになります。韓国語はパッチムがありますから同じようには行かない…というのが、ミミがぶつかったリズムの作り方の困難ということになるでしょう。

(ちなみに『音韻論』では、撥音や促音といった特殊モーラを中心に日本の歌唱で1音符に対してどのようにモーラが振り当てられているかを検討した氏平明氏の論文「歌唱に見る日本語の特殊モーラ」についての紹介がありますが、そこでは99パーセント以上の日本の歌の歌詞では1音符1モーラとされているとのことでした。(1996年の研究なので、今の楽曲ではかなり違う検証ができるかもしれませんが))

 

 

「キュンときた大好き」に違和感はあるか?

 

前置き長くなりました(毎度ですが)がじゃあ実際NONSTOPのJP ver.を聴いてみましょう。

 


NONSTOP(살짝 설렜어) (Japanese ver.) /Ohmygirl【歌詞/日本語歌詞/日本語字幕/lyrics】おまごる 公式日本語バージョン

 

 

問題箇所、まずは譜割りとIPA準拠の音素で示してみます。

 

日本語歌詞は「きゅん・と・きた・だい・す・き

       /kyɯN to kita daisɯki/

原曲は「살짝 설렜어 난(さr・っちゃっ・kそr・れっ・そ・なん)

       /salʔtʃak solɾesso naN/

 

 

韓国語の音声記号表記ちょっと自信ないんですが…違ったら教えてください!

 

で、まず譜割りなんですが、音符ごとの音節のまとまりとしては上記のように6塊(かたまり)ということになります。原曲は無理やりヒラガナに直して示すと、「さるちゃっくそるれっそなん」、このむりやり表記のまま音符にのっけると「さる・ちゃっ・くそる・れっ・そ・なん」となります。この「kそr」=「くそる」の部分をさらに子音C・母音Vとして表すと、CCVCとなります。日本語バーの同じ音符の箇所は「きた」ですから、子音+母音2個セットでCVCVとなり音価の上ではどちらのバージョンでも同価で、譜割り上は問題ないと思います。日本語バージョンのほうが文字を詰め込んでいるとは言えない、ということです。

 

つづいて音韻の面から見ると、これはかなり両バージョンで違いが出てきます。何回もこの曲を聴かれている方はご存知、また音声表記を見ても一目瞭然ですが…

 

/kyɯN to kita daisɯki/

/salʔtʃak solɾesso nan/

 

 

日本語バージョンではkめっちゃ多い、原曲ではsめっちゃ多い、というのが分かると思います。 k以外にtにも太字をつけましたが、これはkとtが音素体系上、かなり似たグループに含まれるためです。kは無声軟口蓋破裂音、tは無声歯茎破裂音といい、音を作り出す際に使う部分が違うだけです。実際カ行やタ行を単音で発音しようとしてみると分かりやすいですが、kは舌の奥が持ち上がって口腔内の上に接触、tは歯茎の裏らへんに舌先が接触したあとすばやく離れることで音が出ます。この接触→すばやく離れる、という調音方法をとるのが破裂音です。

他方で、/s/は無声歯茎摩擦音といい、tと同じく歯茎に舌が触れるため調音点は同じなのですが、調音方法が異なります。/s/~~~~~~~とエスを伸ばして言ってみると、その際、歯茎と舌の間に隙間を作って、そこの間から音を出しているな…という感触がつかめるかと思います。/s/の特徴として、他の子音と違い、母音と交じり合わずにその場に滞留することができるという点があります。音符への触れ方とでもいうんでしょうか…歯と舌という阻害物がありながらも、音符が始まる手前からその間を通ってすいっと滑り込んでいけるようなモビリティのある音韻です。このへんはかなり個人的な感覚で語っていますが、でもやはり破裂音の続く日本語バージョンと比べるとタッチがずいぶんソフトで、爽やかな風が吹いているような手触りがします。

 

総括すると、なぜここまで音韻上における変換がありながら日本語バーの「キュンときた大好き」がそれほど違和感なく聴こえてくるのか?に関しては、原曲とは別の形ではまっているからと言えます。"NONSTOP"はMoombahton~Tropical Houseの要素が強く、ブリッジの後にドロップが来てサビの概念が希薄なEDMジャンルの快活な楽曲であることから、単純にこういう無声破裂音がタカタカ連続する音韻が合致し、原曲とは異なるニュアンスでの捉え方が可能になっているのではないか…と思いました。

 

 

楽曲ローカライズの難しさ -古家さんのエントリから

 

それでは、続いて②韓国語の原曲と意味が変わっている、ということについても考えてみたいと思っていたのですが、タイムリーにTLに回ってきたある記事の紹介をさせてください。6月25日に出た記事で、古家正亨さんの日本語バーCDに関するものです。

 

 

前半は、日本におけるビジネスモデルとしての洋楽カバーの興隆、著作権の厳しさとそれによるアーティストの手厚い保護に端を発するアジア圏アーティストの日本進出と、彼らにとっての日本語楽曲カバーや日本語による楽曲の重要さ、といったCD時代の歴史を振り返っており、興味深い内容でした。

 

後半では、そういったビジネスの側面だけに目を向けるのではなく、アーティストの日本ファンに対する「心」を見てほしいとして、歌手シン・スンフン氏の発言を取り上げています。このシン・スンフン氏の話、古家さんラジオとか結構いろいろな所でしていて個人的には耳タコなのですが、二点ほど指摘したい部分があります。

 

 

まず第一に、古家さんの態度は韓国人アーティストの日本語バーに関する是非がなぜこんなにも繰り返し繰り返し、議論として持ち上がるのかという問題を、アーティストの「心」という、なんだか耳障りのよい言葉で水に流してしまっている、という点です。 

 

Kの者である皆さんであれば多くの方が頷かれると思いますが、日本語へとローカライズされたKPOPアーティストの楽曲は、どうしても韓国語の原曲に劣っているな、と評価せざるを得ない場合が圧倒的に多いです。トラックは変わらないので、純粋に楽曲にだけ絞ればその主な作業対象は、歌詞の日本語への変換ということになります。当記事で触れたのはそうした韓国語と日本語の音韻の違いを意識した楽曲ローカライズ作業のほんの一端に過ぎません。さらには原曲のコンセプトや楽曲全体のニュアンスも保ちながら、自然に聴こえるように、要所要所の押韻も踏まえつつ、アーティストが歌いやすいように、歌詞を作っていく。これ本当に大変な仕事だと思います。以前、おまごるの"ハンバルチャ トゥバルチャ"がどんな日本語バージョンになってしまうのかが心配すぎて、他のグループの日本語楽曲ローカライズについて採譜してライミングを中心に比較検討したことがあります。その中で際立って優れた内容となっていたのはRed Velvetの"Dumb Dumb"で、担当チームの「韓国語の音韻を損なわないようにしよう」という心意気がめちゃくちゃに伝わってきました。詳しくは拙ブログの過去記事を参照していただければと思います。しかし、同時に発表された”Russian Roulette”と"Red Flavor"では「ヤバい」と歌うスルギ、「ガチで」と歌うジョイ子の声が聴こえてきて「嘘でしょ…」となったんですが…("Dumb Dumb"とは別のチームが担当しています)。"Dumb Dumb"のような素晴らしい完成度の楽曲ローカライズは本当にまれで、他方では原曲の良さを生かしきれていない日本語バージョンの粗製乱造が繰り返されている状況があるわけです。

 

もちろん古家さんは何十年間も韓国のポップスを注視し続けてこられ、またラジオDJやイベントプレゼンターとして本当に多数のアーティストとの交流があり、日本語楽曲を制作するチームの方々とも関わられていることでしょうから、それぞれの日本語楽曲に対する思いや制作の上での大変な苦労をご存知の上で、こういう結論としてお話をされているのだと思います。でも、その状況をアーティストの「心」ということで良い話にしちゃって終わりでいいんかな?と、私は思いました。

 

 

第二に、これは上記記事のシン・スンフン氏の発言にある部分。

 

「…歌に込められた想いを100%理解しながら聴いてくれる、そんな外国人のファンがどれだけいるでしょうか。特に(外国人のファンが)バラード曲の詞を理解するのは難しいと思う…」

 

 

これ端的に、音楽作って歌ってる人がこういうこと言っちゃうんだ…となったんですが、もちろん人によるだろうと前置きはしますが、そんなに歌詞の、意味が、分からないと駄目なんだろうか…良い歌を聴いて心を打たれるときって、まずその内容や思想に感動させられるのでしょうか?歌い手の歌声の身体的な受容が、ことば(=こころ)に先立つのではないでしょうか?さっきも話したように、私、ハンバルチャの日本語バージョンがとても心配でした。東京ペンミでのお披露目のときは日本語歌詞を聴き取るのに必死でした。でも次にコンサートでハンバルチャの日本語バージョンのステージを観たときには、素直に、高鳴る胸を押さえていました。おまごるの7人(アリンも含めるぞ!!!)は日本語の音声表現に堪能であり、その日本語ヴォーカルディレクションを行っている方もきっと腕の立つ方なんだと思います。日本語バージョンの制作においてはそれらの要素が、もともと7人それぞれの声質が示す際立った個別性と結びついているゆえに、(個人的には)ローカライズが成功しているのだと思います。完璧な日本語楽曲ローカライズは大変な作業ですが、別に無理にそんなことしなくても、ファンに想いが伝わらないことは全然ないんじゃないの?と、そういう風に思います。意味が内容が…と思ったときは、順番として感じる前に頭で考えてはいないか一度立ち止まってみるといいかもしれません。

 

 

あんまり結論ぽい結論を出せませんでしたが、こういう批判的なこと書き散らしといて何か一般のファンにできること提案できんのお前?という反論があるかもしれないんですけど、これは私たち自身のエンターテインメント享受者としての立ち回り、アティテュードの問題ということになると思います。享受者である一人一人がエンターテインメントを何となく受容するのではなく、主体的に考えて咀嚼して判断する、みたいなことです。私の場合は音楽が好きなので音楽のことを考えていろいろ言いますけど、それが舞台の芸術性のことでもいいし、衣装やメイクでもいいし、MVから見てとれる男女の権力非対称性について考えてもいい。とにかくKぽという媒体が提供してくれるものから受けた衝撃を通して、耳障りのいい受容のしかたに留まらず、自身の視界を広げていくみたいなのが大事。なんか古家さんの記事みてそんなことを考えました。

 

…全然おまごるの話から離れてる~~~?!?! 

 


헤이즈 (Heize) - And July (Feat. DEAN, DJ Friz) MV

 

 

7月ですね。〆どころが分からなくなったので今月の歌"And July"

私の一番好きな歌い手、DEANの声を聴いていってください。おしまい!

 

OH MY GIRL「NONSTOP」ミミのフロウ分析

 

はじめに:私達はミミのラップを聴いてこなかった

 

 4月27日18時に発表された、OH MY GIRL(以下おまごる)7枚目のミニアルバムタイトル曲、"NONSTOP(살짝 설렜어)"。

 この日残業しないために1週間頑張ってきた私、定時退勤で雨にぬれながら爆速で帰宅アンド即MVを再生しました。

 

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住みたい…

 

NONSTOP CITYという、彼女達の街の色合いに溶け込むようなバイオレットの衣装で飛び跳ねるおまごるちゃんたち。

私も大好きな色で「この街住みたいわ~~」とか思いながら視聴していたんですが、1分半過ぎでカウガールのミミが出てきたあたりからふと気づきました。

 

このカムバック…もしかしてガチのミミ回?

 

 

おまごるには、特定のセンターポジションの役割を持つメンバーはいません。日本でのイベントに出かけると、各メンバーの人気がかなり均衡しているグループであることが分かります。とはいえ各カムバックにおいてさまざまなコンセプトを打ち出してくるおまごる、毎回その象徴としてスポットライトの当たるメンバーがいます。それが今回、ミミだったのです。

 

SNSの反応を見ていると、「ミミちゃんラップかっこいい!」「キムミヒョン(ミミの本名)のラップやばいんだが?」といった声があちこちで飛び交っています。

普段ラップやHIPHOPを聞かないであろう人たちも、この楽曲ではミミのラップが大きくフィーチャーされていること、あるいは主観的体験としてそのスキルのやばさが発揮されていることに気づいている。"NONSTOP"のミミはただごとじゃねーーーとなっている。ですが、逆にこういうことも言えます。今までうちら、ミミのラップのやばさに気づいてなかったのでは?

 

それでは、ここからは"NONSTOP"におけるミミのラップのやばさを具体的にどのように評価すればいいのか?という提起をもとに議論を進めていきます。

 

まず背景として、KPOPアイドル楽曲の中でのラップの位置づけ、そしてラッパーの役割に関していくつかの例を挙げていきます。

 

 

1.アイドル楽曲におけるラッパーの役割

 

1)PRODUCE48"다시 만나"のケース

 

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竹内美宥宮脇咲良

 

過酷・苛烈な凌ぎ合いと華麗なステージ。アイドル練習生たちのサバイバル番組として、今や悪名高き代名詞となってしまったPRODUCEシリーズ(プデュ)。

プデュではおなじみの「コンセプト評価ステージ」。色々なスタイルの曲が見れて楽しい反面、推しメンバーの当落もシビアさを増していく、緊迫したステージが続きましたね(2020年はプデュを過去形にしていこうな…)。

 

2018年、PRODUCE48コンセプト評価のうちの1曲"다시 만나"(タシマンナ)では、共に現IZ*ONE宮脇咲良とカンちゃんことカン・ヘウォンがラップポジションを務めました。もちろん、ポジション分けは舞台全体を通してどのようなパフォーマンスを展開できるかを念頭に行うでしょうから、単一の要因でポジションが決まったとはいえません。

 

しかし、2人がパク・ヘユン竹内美宥ワン・イロンといった他のコンセプトメンバーと比べると歌唱力で劣っていることは明らかでした。(メンバーの練習を見た作曲者のイ・デフィもイロンと咲良の歌唱力に関しては「全てにおいて」イロンに軍配を上げていますが、その上でパフォーマンスの華となるセンターポジションには咲良が適任だ、と発言しています)

 


[ENG sub] PRODUCE48 [단독/10회] ♬다시 만나ㅣ′대휘 선배님의 선물′ 약속 @콘셉트 평가 180817 EP.10

 

 

プデュに限らずアイドルグループのポジションを構成する際に、各メンバーのラッパーとしての資質をヴォーカリストとしての資質、あるいはパフォーマーとしての資質に優先して求めることは想像しにくいといえます。PD48タシマンナのエピソードは、KPOPの楽曲においてラップが付随的な要素であること、その認識のもとに楽曲構成・舞台制作が進められているであろうことを示唆する一例といえるのではないでしょうか。

 

 

2)高等ラッパー2 SF9フィヨンのケース

 

 

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SF9はFNCエンターテインメント所属、FTISLANDAOAといった実績あるグループの弟分に当たります。

このグループのサブラッパー、フィヨンはMnetのラップサバイバル番組「高等ラッパー2」に出演した際、彼らのデビュー曲で自分のパートが半ワードしかなかったと話しました。番組内でも驚くメンターと高校生ラッパーたちのコメントが紹介されていますが、半ワードって果たしてどのくらいの短さなのか、1度"Fanfare"聴いてみて下さい…

フィヨンちゃんのパート、気づけるかな♪(1:21です)

 

 


SF9 Fanfare -Japanese ver.-【OFFICIAL MUSIC VIDEO 】

 

 

SF9は4人のラップ担当がいるためフィヨンがこのような信じられない不遇をこうむってしまったのですが、そもそも3分以上ある曲で半ワードしか割り当てられないメンバーがいるということ自体、驚きではないでしょうか?このケースからもやはり、KPOP楽曲においてラップが相対的に枝葉の部分に追いやられていることが窺い知れます。

(なお現時点でのSF9最新曲"Good Guy"では、フィヨンは何と8ヴァースラップしています。良かった~~。)

 

 

3)(G)-IDLE チョン・ソヨンのケース

 

皆さんは現役のKPOPアイドルのラッパーの中で、誰が最も優れたラッパーだと思いますか?今回は分析対象が女性アイドルの楽曲なので、フィメールラッパーの中で、ということにします。1人や2人、何となくでもこの人上手だなーと思うアイドルが浮かぶのではないでしょうか。

 

私の考えでは、現役では(G)-IDLE(以下あいどぅる)のチョン・ソヨンということになります。

 

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あいどぅるの作曲や全体のプロデュースにも関わるグループ内の総合的な位置づけという色眼鏡を差し置いても、彼女のフロウは一度聴けば次から誰のものか考えるまでもなく脳裏に刻み込まれます。↑のキャプチャーはプデュ1の時のフリースタイルですがリリックもすごくいいですよね…

 

しかしながらそんなソヨンの属するあいどぅるでも、ソヨンがその素晴らしいラップを披露する機会は限られています。彼女は6人のメンバー中でもかなりパート割の多い方ですが、ラップしている箇所は1曲で多くても2パートです(例外として”$$$”というB面曲では、冒頭から16ヴァースのスキルフルなラップを展開しますが)。

 

あいどぅるはあくまで6人の王の共同体で、ソヨンの突出した音楽的才能ばかりを押し出していくわけには行かないのでした・・・(急にオタクの妄言を入れるな)

 

ソヨンのフロウを楽しむなら、オススメなのはSHINEEキーの"I Wanna Be"やSMエンターテインメントのコラボ企画での"Wow Thing"といった客演作が良いので是非聴いてみてください。

 

 


KEY 키 'I Wanna Be (Feat. 소연 of (여자)아이들)' MV

 


[STATION X 0] 슬기(SEULGI)X신비(여자친구)X청하X소연 'Wow Thing' MV

 

 

 

2.OH MY GIRL ミミの場合は?

 

それでは、続いてMCとしてのミミの評価およびOH MY GIRLの楽曲におけるミミの果たしてきた役割を検討していきます。

 

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5/1 HAPPY BIRTHDAY MIMI♪

 

まず、私見ですがミミのMCとしてのスキルはフィメールラッパーの中でかなり優れていると言う認識です。

フロウの独特さ、デリバリーの強靭さ、リリックライティングやライミングにおける言葉選びのクレバーさといった点がその根拠に挙げられます(本人の話によればコンポーザーの資質もあるようです、自作曲作ってるけど事務所が出してくれないんだよ~アハハだそうです)。

 

にもかかわらず、ミミの場合もその実力を発揮できる場は限られていました。

 

おまごるがこれまで得意としてきたコンセプトでは、概してラップを中心に据える余地がありませんでした。

そもそもおまごるの名曲といわれる楽曲群にはラップパートのないものも複数あります。"비밀 정원(ぴみじょ)"、"한 발짝 두 발짝(ハンバルチャ)"、"WINDY DAY"などです。これらの曲ではミミはサブヴォーカリストとして曲を支えていますが、ほかのメンバーに比べれば歌い手としての役割はかなり限定的といえるでしょう。

 

また、"다섯 번째 계절"(5番目の季節)のように優しく囁くようなラップを聴かせることもありますが、ミミの表現力の多様さということはできても、あくまで"5番目の季節"の流麗な曲調とコンセプトに合わせた中でのパフォーマンスといえるでしょう。

 

 


[세로라이브] 오마이걸 - 비밀 정원

 


오마이걸_한발짝 두발짝/OH MY GIRL_Step by Step/교차편집_Stage Mix 1080p 60f

 

 

 

そんなミミが、実は1曲丸まるラップをしている曲があります。

 

昨年10月、彼女のYoutube個人チャンネルにアップされたイリオネアレコード所属のラッパーBeenzino(以下ビンジノ)のカバー、"Break"です。

 


[밈PD | MimPD] Beenzino -Break(cover.)_ Mimi(solo)

 

 

シンプルなトラックでリズムキープが重要ですが、原曲にアレンジを加えつつビンジノに全く劣らない強靭なデリバリーを披露しています。デリバリーは、伝わりやすい発声・ライミング等のヴォーカルテクニックを指すと思ってください。

 サイン会で一番好きなラッパーを質問した時真っ先にビンジノを挙げていたミミですが、少なくとも日本ではこのカバーは全く話題に上りませんでした。

 

 

 

 

これまで発表されたおまごるの楽曲で最もミミのラップが輝いている!と言える曲は、ぴみじょのBサイド曲でありサブ活動曲にもなった”Love O'Clock”です。

↓1分50秒~ 溌剌とした声質を生かしたミミらしいフロウがついに爆発!!!!!!!!

 

 


[OH MY GIRL - Love O'clock] Special Stage | M COUNTDOWN 180222 EP.559

 

しかしながら、この曲にしてもラップは1パート、8バースのみ。

 

また、タイトル曲の中では"불꽃놀이"(Remember Me)で8バースx2回の出番がありましたが、擬音語を含んだ口ずさみやすいラップであり十分にスキルを証明できる場とはなっていませんでした。

 

 

 

ここまでの議論から、私達は"NONSTOP"がリリースされるまでミミのラップを聴いてこなかった、というよりは聴く機会に恵まれてこなかった、といえます。

 

ただ、逆に言えばミミの本当のラップスキルを初めて耳にし、そのやばさにみんな驚いている…というのが、冒頭で触れた状況の説明になるのではないでしょうか。

 

 

 

3.本論 ダイアグラムによるミミのフロウ分析

 

ようやく本論に入れます…適宜、"NONSTOP"のMVを再生しながら読んでいただければ幸いです。

 


[MV] OH MY GIRL(오마이걸) _ Nonstop(살짝 설렜어)

 

 

 

 

ここからは、"NONSTOP"におけるミミの全バースを書き起こし、フロウのダイアグラムに当てはめて分析を行っていきます。お目汚しかもしれませんが、ブログでダイアグラムを表現するのが難しいので手書きノートの画像で説明します。

フロウのダイアグラムについては邦訳が出ているポール・エドワーズの『How to RAP』 の85-99ページに詳しく、興味のある方はご参照ください。あと去年Red Velvet"Dumb Dumb"の原曲/JP ver.のラップの違いを同様のダイアグラムで分析しているので、下記の記事も是非ご覧ください。

 

towerofivory.hatenablog.com

 

 

簡単な見方としては、横の4つに区切られた列は1小節(4拍)を示しています。赤字でまるPと入れたところは大小の休符(ポーズ)です。3とかかれた連音符でつながれた部分は、3連符でフロウしているところです。

 

 

1パート目 0:32~0:39および

       0:44~0:47

 

2パート目    1:33~1:41

 

3パート目    2:17~2:31

 

 

楽曲のスタイルは、Tropical HouseとMoombahtonの組み合わせを基調としたEDMポップと総括できそうです。

この曲でミミは都合18バースもラップしています!

アドリブ部分も含めれば曲全体の実に4分の1以上を担当しており、パート割の面では印象だけでなく数字上もミミが大きくフィーチャーされていたことが分かります。

 

 

1)1パート目 Aメロ

 

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0:32-0:47

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0:32-0:47②

 

 

ユアとヒョジョンが先行して歌うAメロから続きます。トラックはムーンバートン要素が強く、ミミのラップするメロディの音程の動き幅は少ないです。間に挟まれるジホ様のスウィートな声とは対比的に抑制の効いたフロウを聴かせます。

 

所々シンコペートしていますが聞き取りやすい2連ライムや3連符を3小節連ねるなど、地に足のついたフロウで丁寧にラップしているな、という印象です。

 

ライミングについてはbody/burning/burn/butといった頭韻を細かく散りばめているのが目立つのと、先述しましたが2連ライムが印象的です。

 

요즘(よじゅむ)/오늘(おぬる)

내일(ねいる)/매일(めいる)

다른(たるん )/아는(あぬん)

 

と、聞き取りやすく気持ちいいパーフェクトライムとファミリーライムを2語連続して踏んでいく、という特徴がみられます。

 

 

 

2)2パート目 サビ後

 

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1:33-1:41

 

続いて2パート目、サビの直後。

「NONSTOP~♪NONSTOP~♪ NONSTOPNONSTOPNONSTOP~♪」とジホ様の声にぴったしの可愛いパートでは、トラックはハイハットロールが入りトラップビート風に。そして、ゆあたまの強いBlah!!!!に続いてミミがカットインしてきます。

 

このパートは4小節と短いですが、メロディの動きが大きくなったことに加え音節と音節の間を「むんじぇ~や」「れい~だ」と溜めを作っていたりして、シンギングラップに近いような身ごなしという印象を受けます。ポーズ(休符)の大胆な使い方もあって、かなりレイドバックしたスタイルです。2~3小節目に語尾を야で踏んでる部分、オートチューンでのアドリブ(Yah!)と兼ねて使っているところもアイデアだと思います。

 

 


식케이 Sik-K - party(SHUT DOWN)(feat. 크러쉬(Crush)) Official Music Video

 

余談ですがシンギングラップといえばシッケイことSik-Kを挙げずにいられません。 

今年に入ってm-floの楽曲"tell me tell me"にeill向井太一とともに参加し日本語での歌唱に挑戦しています。

 

 

このパートはシンギングラップを交えたゆったりしたフロウですが、バックトラックがトラップビートへと変わりオートチューンも入ってきたことで、それまでの流れとは乖離したテクスチャーで浮遊的なミミのラップが聴けます。スイッチ役としてそこに連れていってくれるのはグループで最もミミの声質に近い発声のできるゆあたまであり、そしてNONSTOP CITYの次なるコマへと連れ出してくれるのは、爽やかな風が吹き込んでくるようなアリンのクリスタルボイスなのでした。

 

 

3)3パート目 サビ後の大サビ

 

 

さて、今回のミミのパートで一番の見せ場はこの3パート目です。

AメロやBメロといった曲の構成要素の一部分ではなく、大サビを担う重要なパートで

す。

 

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2:17-2:31①

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2:17-2:31②

 

1ヴァース目の間延びした"I~"のフロウから始まるこの3パート目こそ、NONSTOPのミミのラップやばいと思った人全員引っかかった部分なのでは?思ったのですが、どうだったでしょうか?

 

まず1~3小節頭の"I~" "Night~" "Time~"、はもちろんライミングしているのですが、”I have to go to the bed by night.”という何の変哲もない英語の文章を、小節またぎでライム/フロウすることでここまで印象的に聴かせる、というところに凄みがあります。

 

そして、間延びしたフロウを3小節聴かせた後に突如ギアを上げていくのが4~5小節目…かとおもいきや"네가 원한다면 내가 뒤"、でポーズを入れて文節を区切ります。変則的なリズムを生み出すことで、下がって2マス、一歩前に1マス、という歌詞の通り、恋愛の駆け引きをしているかのように遠ざかっては近づく、絶妙としか言いようのないフロウを繰り出していくのです。

 

 

おわりに

 

ここまで見てきたように、おまごるの楽曲におけるミミのラッパーとしての役割は、過小評価されていたとしても仕方のないくらい限定的なものでした。パート割の少なさだけではなくコンセプトや曲調に合わせたフロウをとらざるを得ない事情から、彼女のフロウの特異性は隠されたままとなっていました。

 

しかし、"NONSTOP"においては3パート・18バースという暴れまわるには十分なスペースの範囲で、それぞれ異なるスタイルのフロウをかますことに成功しています。特に最後の3パート目では、楽曲が終盤へと展開していく場面で、歌詞の内容と重なるようなテクニカルなフロウと正確なデリバリーにより強くリスナーの耳目を惹きつけました。これからもミミとおまごるに、たくさんの愛と関心をお願いします。

 

 

おまけ

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またミミと会える世の中になりますように!

 

 

 

t.co

 

"NONSTOP"のようなTropical House(+Moombahton)ジャンルの要素を含む曲の90分程度のプレイリストを作りました。お時間ある方は是非~!

 

 

おしまい♪