白い雲


先週、インスタグラムに韓国語で書いた文章を公開したのですが、後日インスタ付属の翻訳機能をブラウザで確認してみたところ、どうも全く用をなしていないようだったので、日本語訳をこちらに上げます。

母国語以外の言語で何かを考えることが、ふだんとは異なる認知経路を辿ってなされるであろうことはなんとなく想像がつくのですが、実際に韓国の方と話しながら、韓国語の思考方式で考えを巡らせていると、意外にも明るい、他者に開かれた人格の側面が現れたりして驚きます。こうして文章を書いてみても、いつものやたらと留保をつけたがる書きぐせが、わりと影を潜めているような気がします。

去年、語学では中国語・フランス語の勉強が軌道に乗らなくて放棄してしまったものの、今回の韓国語(再)は毎日続けられているので、ひとまず10月の資格試験を目標に、あわよくばいずれ何らかの仕事に繋がらないか、そんな欲も抱きつつ続けてみようと思います。


⇩Instagram投稿のURL

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今年、五年ぶりに韓国語の勉強を再開しました。まだ拙いですが、勉強を再開する大きなきっかけとなった番組『野球女王 야구여왕 』と、出演されていたパク・ハヤン 박하얀 選手について、韓国語で文章を書く練習として少し綴ってみようと思います。

MLBのオフシーズン情報を調べていた中で、おそらくはアルゴリズムに導かれて見始めたこのプログラム。先月からは勉強の一環として本編のパダスギ(※ディクテーション。以下、※部分は補足)も始めて、ようやく二話の公式戦前ミーティングに入ったところです(いつの日か全編完走したら、間違いだらけの野球女王シーズン1セリフ集が完成するようです…)。

最初はただスポーツ芸能として楽しく観ていたのですが、「トボギ(※未放送コンテンツ)」や「トレーニング日誌」といった(本編外の)動画が次々と上がるようになるにつれて、「なんでこんなにこのプログラムに惹かれるのだろう」、そして「このプログラムを見ていて自分にどのような変容が起きているのだろう」、と考えるようになりました。

その全てをここに書くわけにもいかないのですが……たとえば、単なるドラマとは異なった、スポーツがもつ偶然性。元プロ野球選手が技術論をもって指導すること。(出演)選手たちがそのロジックを習得して実践していく過程。これらは、高校時代に1年半野球部に所属したものの、部活動をまっとうできなかった自分の心に、また友達とキャッチボールでもしてみようかという気持ちを呼び起こしてくれました。

それで、野球は生涯スポーツである、ということにも気づかされました。これは、この番組が野球を単なる「観るスポーツ」としてだけでなく、直接「するスポーツ」として見せてくれる面があるからかもしれません。「するスポーツ」の視点で番組をみると、私たちも選手たちがどんな課題を解決しようとしているかを理解でき、その過程をそばで一緒に見守っているような感覚になるんです。バラエティ番組ではあるし、結果に関わる演出や編集がある程度は必要なのでしょうが、私にはそうして「するスポーツ」として感じられる点がとても好ましく思えました。

こういった体験は、アスリートの方々が本業とは異なる新しい競技に真剣に、そして楽しみながら向き合う姿からこそ得られるものでした。プロのアスリートたちは、自分の身体、そして精神をもって予測不可能な道を切り開いていきます。ソン・ア選手があるインタビューで語っていたように、アスリートは観る人にもその緊張感を間接的に味わわせてくれるものだと感じました。

そして、この番組を通じて最も強い印象を受けた方が、ほかでもないパク・ハヤン選手でした。

誰かのことをいいな、と思うとき、人はその理由を探して自問したり、あと友達に説明しようとしたりしますね。いわゆる「推し活」においてもそうでしょう。でも、けっきょく本当に大切なのは、他者にふれることを通して、自分になにがしか変容が起こっていると実感し、欲望を含めたそのありようと向き合うということではないでしょうか。

ハヤン選手のどんな点が印象に残ったのか? がっしりした身体つきでただ立っていても格好いい姿だとか、木管楽器みたく響く声色だとか、(※終盤に至るまで不振を極めていた)打撃において、ついには適応していく過程であるとか。あるいは、一塁手としてハヤン選手が果たしていた役割が、本質的にミスの許されない、私の校正という仕事の理想型(人は必ずミスを犯すものだから、決して達成されえない理想ですが)と重なって見えたからかもしれません。こうした個別の要素を挙げることは、いくらでもできるものです。

でも、ある他者を媒介としてなんらかの影響を受けるということは、そうやって明確に切り分けて把握できるものでもありません。他者とは、決してつかむことのできない存在。誰かを一方的に見つめて、「ああ、この人はこんな人なんだな」と決めつけで受け取っても、結局はその人に自己を投影しているにすぎません。

それでも、画面を越えて彼女の信念、のようなものに共鳴を感じる時、無条件に、根拠なしに、その人のことを信頼してしまっているという心の動きが生じてくること。哲学者のウィリアム・ジェイムズが「私たちは悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ」と書いたように、頭で気づいたときにはもう生じてしまっている。それもまた確かに、自分において起こっていることです。

友人に話せば退屈がられそうな、この複雑で分かちがたい気分は、浮き雲のように私の上をふわふわと漂っています。

ブラッククイーンズは101日間の日程を終え、私も韓国語の勉強を再開してちょうど60日になりました。これから、この時間が自分の人生にどんな意味を持つようになるのか、まったく見当もつきません。語学じゃなくて、とつぜんフィジカルを鍛え始めるかもしれない。ただ白い(※韓国語では하얀 ハヤン)雲が浮かんでいて、その雲に導かれるように何かが変わっていっている。今のところ、それだけが確かなことです。

拙い文ですが、最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

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寄稿まとめ

 

【寄稿】

・一般誌

「純粋ではありえないことの悦び――浅葱アゲハと生のメタモルフォーゼ」、武藤大祐・夏堀うさぎ編『現代ストリップ入門』、書肆侃侃房、2025年

 

・同人誌

「ふたつにはなれないaespa――「あいだ」としてのKWANGYA」、かいわい編集部編『アイドル批評誌かいわい vol.2』、2021年

 KPOPアイドルaespaのデビュー当時のコンセプト、KWANGYAをこの世で最も真剣に受け止め、木村敏の「あいだ」論から読み解きました。

kaiwai.booth.pm

 

「涙にこころは追いつかない 石原さゆみ『ダンス』考」、結城敬介編『ab- 0号』、2021年

 自分にとってストリップの初期衝動、石原さゆみさんのステージをまさご座で観た直後のエッセイ。0号はインターネットで無料ダウンロード可能。のち、『ab- ストリップのタイムライン』(2023年)に再録。

 

「とり乱しと問い直しのファン活動」、イワイ編『推しって呼べない』、2022年

 消費行動として最適化された、集合的な物語の中に回収されてしまうオタクの「かたり」を、それぞれの「現場」で、推しとの固有の関係性のうちに再び見出そう、と呼びかける論考。

 

「ズレながらひとつになる」、イワイ編『ストリップと読むブックガイド』、2023年

 ストリップを考えるための書籍として河野哲也『間合い――生態学的現象学の探求』(東京大学出版会、2022)を紹介。

charmingrecords.booth.pm

 

「偶然、無にふれる」、結城敬介編『ab- vol.3』、2025年

 劇場において感じるよそよそしさや退屈さ、居心地のよさってなんなのか、九鬼周造の偶然論と小宮山せりなさんの不条理演目『ゴルフ』を手がかりに問い直しました。劇場はいいね

abstrip.booth.pm

 

【その他の活動】

・かいわい編集部『アイドル批評誌 かいわい』

 vol.2(2021)

  インタビュー「アイドルオタクヒストリーアーカイヴ」インタビュイー

 vol.4(2022)

  インタビュー「アイドルオタクヒストリーアーカイヴ」工場氏インタビュー、構成

 vol.5(2023)

  座談会「K-POPという現場」参加

 vol.4-5 校正協力

 

・結城敬介編『ストリップの文集 ab-』

   創刊号(2021)

  武藤大祐・結城敬介対談1・2 聞き手

 vol.1「ストリップのタイムライン」(2023)

  座談会 「2022年の踊り子たち」、「本の話」参加  

    vol.2「ストリップの気分」(2024)

  座談会「2023年のストリップをめぐって」参加

   vol.1-3 校正協力

 

 

統合しました

 

三年か四年ほどの間、WordPressでサーバーを借りて書いていたものをこちらのはてなブログに移行しました。画像やURLなど、うまく移行できていない記事もあるようなのでおいおい直していこうかな

元々ここでいろいろ書いていたものもありましたが、直近の(といっても四年も前ですが)二記事を残して非公開としました。

 

取り急ぎ!

2025年4月3日

 朝、身支度をしながら、東浩紀が若いビジネスマン向けのメディアのインタビューに出ている動画を見ていた。若い世代はコスパ/タイパ思考に取りつかれる問題をどう考えたらいいのか、という内容。若年者の質問に答えるという構図となると東がもう縦横無尽に話しまくってて、さすがに喋りは面白い(口数の多さ、ターンテイキングの出来なさには相変わらず辟易するが)。
 若者がコスパを意識しないように、とメタ認知を働かせて動こうと思っても、後から考えれば(効率的な面においては)無駄で愚かなことしかやっていない。自動的に若い時ってコスパは悪くなってる、だからそれでいい、というクリティカルな回答。そして老害とはあらゆる予測が働きコスパがよくなってるということだ(つまり、それが中年の課題でもある)、と続く箇所は、四十(しじゅう)の人間の実感をもって納得がいく部分だった。
 ここ3年くらいで、同世代の仲のいい人間がなんだかんだ増えた。仲良くなればそれなりに人生の話もするわけだが、その中で意外としょうもないなと思ったり(逆に自分のしょうもなさを開示しようかなという気にもなる)、かたや予想外の人生を送っていることを知ったりする。要するにだれもが不完全だし、「みんないろいろある」としか言いようがないのだ、という身も蓋もない「真実」が腑に落ちる。また隠すとかでもなしに、ごく親しい間柄においてもわざわざ共有しないことなど無数にある。あなたは、私の中で像を結んだあなた、の側面からしか認識できない。当然のことだ。なぜ相手のことを何もかも判ったような気になっていたのか、と恥じ入る。
 しかし、東の話を聞きながら思ったのは、自分より幼く愚かしい、年不相応な人間はいないと考えるのはやめた方がいいだろう、ということだった。私はそれなりに中年らしさを備えて生きている。簡潔にいえば、自らの実存において価値あるものの判断がそれなりにつくようになる、ということだ。いまだにしょうもない失敗もするが、それは年不相応というよりはむしろパーソナリティの特性に起因するものと切り分けてもいい、とひとまずは考える。同じ世代の、安楽に過ごせるコミュニティに落ち着いて他者と共存することができているのだから、それなりにポジティブな意味を込めて、齢を重ねている、と思っていいのだ、と。

2025年2月19日

 西荻のSingで、いつもより早めにお店を開けてサラダランチプレートを出す、とインスタで見た。今朝は早起きしすぎてしまい、中国語を勉強したり本を読んだりして時間を潰したのだが、潰しきれずに家を出た。プラス一時間は費やせるだろうと思っていたジュンク堂が、コピスの全館休館に伴いまさかの休みで、あとけっこう寒くて、午前中のうちになんだか気が進まなくなってしまった。
 いちおう東西線に乗りはしたものの、西荻でドアが開いても全く立ち上がる力が起こらずに観念。どうせ週末行くだろし、とそのまま九段下に運ばれる。DIXANSで原稿に関係する本を読んだあと、神保町の古書店で最近欲しいと思っていた本の、比較的綺麗なのを見つけた。あとがきに私(翻訳者)はこの分野の専門家ではない、とあり、そうか、たしかに脚注と事項索引がついていないのが気になるな、と数分立ち止まって決めかねていたところに、番台で店主が食べ始めたとおぼしきカップラーメンの匂いが漂ってきた。こうなると、今日はちがうのか、と本を棚に戻すしかない。

 こういう噛み合わない日というのは劇場でもときどきあって、どうして思ったほど楽しめなかったのか、ある程度は避けられたのではないか、と要因を列挙して自責したり、他責したりしてしまう。しかし、噛み合わないなりに諦めをつける(カップラーメンの匂いが漂ってきた時のように)とか、あるいは最近友人との話題にも上るが、前もって「これ行こう」と決めずに偶然性と気分に身を委ねるとか、もっと固着しないで済む、ある同一性から外れたあり方は可能なはずだ。いま書こうとしている原稿はそういう話になる見込みで、ただ現実的な実践における問題系とあまりに重なる部分でもあり、なかなか詰めることができず締め切りを大幅に過ぎてしまっている。ともかく自分が、これまでとは異なった他者関係のあり方を手探りしている現状のもがきと同期するような、そういう文章になるだろうし、そうなればいいと思う。

2025年2月6日

 遠征あるあるだろうが、今回も忘れ物をした。充電コンセントがないとか、ポイントメイクリムーバー忘れたとか、あるいはその拭き取りに使うコットン置いてきたとか。前日から準備を怠らず荷作りをした、にもかかわらず、一つ二つやらかすものだ。今日は日帰りだしそんな心配もないだろうとたかを括っていたのだが、家を出る直前にショルダーバッグの整理なんかしたもんだから、ポラ用の500円玉と劇場カード類の入った紫の小銭入れをまるっと置いてきてしまった。よりによって、満券で入場しようと思ってた日に、である。

 それに気づいたのは、アーケードから少し外れたところの徒然舎という古本屋を出て、劇場に向かう途中のことだった。
 岐阜に着いて三省堂で新刊をチェックしていたら、東京への帰りのバスを待っている結城さんと、出勤前の鳥井さんが駅の近くにいるということで駅のエリックサウスで合流し、ミールスを食べた。結城さんを見送った後、鳥井さんと徒然舎まで一緒に歩いた。おそらく昨日の夜に少し積もったのだろう、ペデストリアンデッキ上の残り雪を避けながら名鉄の駅の方角に向かう。歩きながら投光を始める前の話を聞いたが、鳥井さんもまた石原さゆみがストリップと本格的に出逢う転機になっている、という共通点に驚いた。
 そういえば、4年前の初まさご遠征も寒い日だった。さゆみさん目当てだったのだが、週末でさすがに満席。下手で立ち見することになり、この場所はまさごの座席(?)で最も好きな位置になった。で、慣れない立ち見にさすがに疲れて休憩することになったんだったか。結城さんと劇場の外に出て空気の冷たさに驚き、(12月の初めなのに)なんか正月みたいな空気ですね、と言い合ったのを今も憶えている。おそらくこの週のどこかで鳥井さんも来ていたはずで、あの肌を刺すような冷たい空気と、それでいてなぜかめでたいような心地を味わっただろうか、と思う。
 本棚を一めぐりして眠くなってきた鳥井さんといったん別れ、満券ないやん、と気づいて落胆し、歩きながらまぁでも、せめてもう一回はここに来なさいというお告げか、と勝手に納得する。なんとなく、岐阜に来るのはこれが最後のつもりになっていた。前日は浜に安田さんを見に行ったのだが、まだまだいてほしいと思う人ほど、この業界をすっと去っていく。(休業ではあるが)白雪さんもその一人で、それが鳥井さんのラスト勤務週とも重なった。なんとなく劇場を楽しめない日が増えつつあった自分にとっても、なにかしら区切りの線を引くような、そんな遠征になるのではないかという予感があった。 

 しかし蓋を開けてみれば、そんな後ろ向きな気分は吹っ飛んで失せる一日だった。白雪さん、前回のまさごからしばらく観る機会を作れていなかったが、その間ストリップ以外の広いステージでの経験を血肉としてきたのだろう。どの演目も、トリにふさわしい異常なスケールの大きさ。たとえば去年の四月に同じまさごで観た『神話』と、今週の『てるてるぼうず』との、客席の巻き込み方の変貌。あるいは『JOKER』全般、リングの見立てをシンプルな土台として、贅沢に尺を使う構成と余裕に満ちたステージング。そして何より『三周年作』、あまりに多幸的なベッド〜立ち上がりにとどめを刺す。
 聞き覚えのありすぎるゴスペルソウルのイントロ、あー、あーあーあー、と下降しながら入ってくる四音のコーラス、破顔する踊り子。これだけでもう、涙が流れる。衣装が身体を離れていき、モノローグのようなふくよかな歌唱と、あー、あーあーあー、のコーラスが繰り返し立ち現れる。もしかしたら編集を挟んでいるかもしれないが、合いの手のようにホーンセクションが入ってくるブリッジを経て、サビで初めて曲名が歌われるのは4分35秒。決定的なポーズが切られるまでのこの長さが、永遠に続くかと思われる、異常に幸福な時間が持続するような感覚の重みづけになる。そして、繰り返し実感するのは、一糸纏わぬ全裸ってどうしてこんなにも良いのかということ(初出し週の期間は、構成や楽曲だけでなく衣装も迷っていたようだったと聞いた)。間違いなく、自分のストリップの経験のなかで最高といえる時間のひとつになった。これがひとまずの見納めなのか、と惜しい気持ちで心が満ちる……というのではなく、あのデビュー週からこんなにも大きい存在になって、と腑に落ちながら見送るような気分になる。

 また今週は、綿貫さんを初めてまさご座の広い空間で見る週でもあった。渋谷に続いて出している『BONNIE &CLYDE』、二週目にもかかわらず今後ほぼ演じることはないようだ。演目は(ボニーとクライドの、あるいは女性/男性の)役割交代という視座が、おそらくある程度読み取れるように作られていて、ただ自分は映画もミュージカルも観ていないということもあってディテールは想像するしかない。
本人が話すところでは背中を見せているときはクライドの役割を表しているというが、立ち上がり、たった一回切るポーズの後に、女性ボーカルの歌唱=ボニーの視座であるにもかかわらずボニーとして背中を見せて去るラストは、言われてみれば確かに意図を想像しうる演出だ(また原作のミュージカルがきっとそうであるように、全体を通して男女のボーカルが入れ替わりながら相聞歌的に耳に入ってくる)。
 他方、そういったストーリーに寄せようとする読解を抜きにすれば、普段よりもとにかく長い時間背中を見ることになる、という素朴な視点がおのずと浮かぶ。他の曲と同様ミュージカルからの選曲なのだろうM2、背中を向けてのキャッチーな振付が多く、もし衣装でのポラだったらこのポーズをお願いしようか、というものがいくつも記憶に残る(ビリーザキッドみたいになるのさ、という歌詞のあとに背中に親指を立てて気取ってみせる、当て振りとも言い切れない振付とか、とても様になっている)。かように背中はさまざまなことを語る……と思ったのもつかのま、むしろ背中は身体表現において、語りえないさまざまを暗示する典型的な部位ではないか、とも思い至る。
 ボニーとクライドは本当に類型的なキャラクターとして表象され、受容されてきた人物だろうが、綿貫ちひろという演者の個別的な身体を通してナラティブが展開されるとき、血の通った、具体的な手ざわりをなぞれているような感覚になる(ドラマや小説で、優れた解釈者の翻案はごく素直に受け入れられるのと同じように)。だがそれは、なるほどこの演出はこういう意味ですね、と答え合わせに満足して終わる鑑賞経験ではない。銃声のなか、暗闇に消えていくボニーの背中を見やれば無数の語りえなさ、理解しえなさ、人はみんな色々あるという実感(それは真理には違いないのだろうが)に、むしろ突き放されたかのような隔たりすら感じられる。良い悪いではなく、他者を理解していくプロセスのうちには、自身との異なりや隔たりを認識し、包括的な理解のしえなさをこそ受容することの重要さを知るステップがあるはずだ。正直に言えば、人のことをわかったつもりになってたくさん失敗してきた人生だった。劇場では、他者とともにある場で、間接的にではなく直接的なかたちで、他者の生きられた身体の現前に、否応なく出会う経験が繰り返される。それによって内省したくなるような気分になったり、慰められた気持ちになったり、どういうわけでそんな機会が巡ってくるのか。自分勝手な考えに浸っているようでもあるが、自身が変容していくことを見つめ直せるのは、身体的な知覚とその認知を通じてストリップが与えてくれる、この豊かな時間ゆえだろうと思う。

 二回目五番からは、出勤してきた鳥井さんが投光室に入った。『てるてるぼうず』、雨音のSEが入ってしばらくの後、本舞台中央で傘を持ってやや上を見上げている白雪さんの真上で、ちょうどいい頃合いで水色の照射されたミラーボールが回り出す。場面が転換した、と合点する。おととしの十一結、『あげこのくじら』冒頭を思い出した。水色系統のライティングで衣装の色を飛ばしたオープニングの後、あげこさんが身体を起こすとともに衣装の青みが浮かび上がるように色味を減じていく(操作の詳細はわからないが、感覚としてそうだったので、そう書く)投光に感激したのだった。鳥井さんを、たとえば道劇の森さんや平山さんほど個性の突出した仕事をする投光さんと感じたことはないのだが(道劇とまさごとでは、そもそも見にいく回数が圧倒的に違うというのもあるにせよ)、とにかく献身的なオペレーションをする人だ、という印象は今日も揺るがない。

 その鳥井さんによるキャスト紹介、面妖な「ありがとうございましたぁ」三唱アナウンスで、三回目の幕が下りる。うまくいけば次の綿貫さんまで見れそうな気もしたが、予定通りこの回で区切りをつけて劇場を出ることにした。最終回開演の間際、ミッキーさんに引換券と靴札をお願いしていると、誰かのアテンドなのかぞろぞろと女性グループが入ってきた。忙しいところ見送りに気を遣わせるのもと思い、簡単に会釈して外へ出る(一応テケツにも)。
 居酒屋形態のしょうもないPRONTOで、とくに食べたくもないつまみをレモンサワーで流し込み、閉店間際のアスティ前で夜行バスを待った。連日の雪予報のところ、暗くなってからも天候はぎりぎり持ちこたえていた。乗車客の流れに整列していまや乗り込もうというとき、バスとバス停ホームを覆うルーフの間から、見計らっていたかのように雪が落ちてくる。ほんの少しの時間、その狭いすき間から、雪の舞い込んでくる方を見上げていた。

2025年1月27日

19日に体調を悪くして、症状が一回りするうちに結局コロナか、となって色々とあったのだが、週末から仕事に復帰し、久しぶりに長い歩数を歩いた。昼にカルボナーラを食べたらいたく不味くて、まさか味覚が、と西荻のSingに寄ってコーヒーを飲んだら、ちゃんとおいしかった。
発熱の治まった3日前は気道の反応が過剰に亢進していて、外に出て数秒でもう反射咳嗽が止まらず、悲観的な気分になっていたものだった。もう一日回復が早ければ、ろぶりずのコンサートもぎりぎり行けていたかもしれない。
大病というほどのことでもなかったが、体調を崩すと(メンタルも落ちているせいか)今まで当たり前に習慣としてきたことを改めたほうがええというふうになりがちで、熱を出していた何日かはあれやめるこれやめる、と騒いでいたらしい。病中に下す判断ってだいたい勘違いだろう、と諭されてみると、確かにその通りではあった。
今日はけんちゃんの誕生日。前日の夜まで覚えていたのだが、ヨシタカくんがハピバを言い出したときには電車に乗っていて出遅れてしまった。お茶の水の総武線乗換えホームで、急造だがSNOWのアプリで画像を加工して送信した。