the TOWER of IVORY

あなたたちの耳が長いのは、神の代わりに世界の声を聞くため

OH MY GIRL NONSTOP JP Ver. 歌詞を音韻の面から聴いてみる

 

 

 

NONSTOP JP Ver.お披露目!

 

 

久しぶりのブログです、下半期一本目のエントリもOH MY GIRLことおまごるになりました

 

6月29日、おまごる公式Twitterから”NONSTOP”の日本語バージョンの音源配信がいきなり告知されました。

 

 

 

 

 

さっそくNONSTOPの音源を一聴してみた印象としては…

この曲のメインフレーズである「キュンときた大好き!」とそれに続く「\コンナハズジャナイ!!/」が気になったものの、その後何度か通して聴いた感じでは日本語歌詞として卒のないプロダクションに思えました。ただ、twitterで"NONSTOP 歌詞"とか"NONSTOP 日本語"で検索するとファンダム界隈ではこの部分の歌詞について、わりかし否定的な論調が多いという感じでした。

 

その理由として主に、①「リズムが心地よく聞けない」、②「韓国語の原曲と歌詞の意味が変わっている」、の2点が挙がっていました。②に関しては、紐解いていくとかなり多くの視座を含んだ議論が必要と思いますので最後に軽く触れる程度にし、今回は前者①を中心に検討していきます。

 

 

韓国語と日本語の特徴 -アクセントをどこで採るか?

 

 

まず、少し古いですが2018年12月に日本デビューを控えたおまごるのインタビュー記事が出たんですが、その中で、ミミが日本語でラップする際に苦労した点について、興味深いコメントを残しています。ちょっと該当箇所を見てみましょう。

 

 

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音楽ナタリー ミミが日本語のリズムで苦労した点

 


 韓国語ではパッチム(子音)でアクセントを作れる…というのはどういうことかを理解するには、まずモーラ音節という概念から知らないといけません。以下、『音韻論』(菅原真理子編、朝倉書店、2014)と『音声学・音韻論』(窪園晴夫著、くろしお出版、1998)に依拠しつつ例示していきます。

 

たとえば、「おまごる」という日本語の発音をする際、音素で表記すると/o ma go rɯ/と表記します。日本語の音声はこのように基本的に子音+母音で構成されており、お・ま・ご・る、とそれぞれ1単位ずつ長さで捉えます。この1単位を1モーラとする捉え方で、撥音(ン)や促音(ッ)も1モーラとして数えます(例:ぱいなっぷる=6モーラ)。他方、英語話者はモーラではなく音節 syllable で音声を数えるので、たとえば、"nonstop"という語彙はnon-stop、と2音節で区切って長さをあらわします。

 

日本語は基礎語彙の殆どにおいて母音で終わる開音節言語であり、英語は逆に子音で語が終わることが多い閉音節言語。韓国語も後者の閉音節言語の仲間に入ります。そうなると単語をどこで区切るか、かなり日本語との違いが出てきます。子音+母音で多くの語彙が構成されている日本語の場合、語尾には必然的に母音が来ることがほとんどであり、単語を区切る位置も母音ということになります。韓国語はパッチムがありますから同じようには行かない…というのが、ミミがぶつかったリズムの作り方の困難ということになるでしょう。

(ちなみに『音韻論』では、撥音や促音といった特殊モーラを中心に日本の歌唱で1音符に対してどのようにモーラが振り当てられているかを検討した氏平明氏の論文「歌唱に見る日本語の特殊モーラ」についての紹介がありますが、そこでは99パーセント以上の日本の歌の歌詞では1音符1モーラとされているとのことでした。(1996年の研究なので、今の楽曲ではかなり違う検証ができるかもしれませんが))

 

 

「キュンときた大好き」に違和感はあるか?

 

前置き長くなりました(毎度ですが)がじゃあ実際NONSTOPのJP ver.を聴いてみましょう。

 


NONSTOP(살짝 설렜어) (Japanese ver.) /Ohmygirl【歌詞/日本語歌詞/日本語字幕/lyrics】おまごる 公式日本語バージョン

 

 

問題箇所、まずは譜割りとIPA準拠の音素で示してみます。

 

日本語歌詞は「きゅん・と・きた・だい・す・き

       /kyɯN to kita daisɯki/

原曲は「살짝 설렜어 난(さr・っちゃっ・kそr・れっ・そ・なん)

       /salʔtʃak solɾesso naN/

 

 

韓国語の音声記号表記ちょっと自信ないんですが…違ったら教えてください!

 

で、まず譜割りなんですが、音符ごとの音節のまとまりとしては上記のように6塊(かたまり)ということになります。原曲は無理やりヒラガナに直して示すと、「さるちゃっくそるれっそなん」、このむりやり表記のまま音符にのっけると「さる・ちゃっ・くそる・れっ・そ・なん」となります。この「kそr」=「くそる」の部分をさらに子音C・母音Vとして表すと、CCVCとなります。日本語バーの同じ音符の箇所は「きた」ですから、子音+母音2個セットでCVCVとなり音価の上ではどちらのバージョンでも同価で、譜割り上は問題ないと思います。日本語バージョンのほうが文字を詰め込んでいるとは言えない、ということです。

 

つづいて音韻の面から見ると、これはかなり両バージョンで違いが出てきます。何回もこの曲を聴かれている方はご存知、また音声表記を見ても一目瞭然ですが…

 

/kyɯN to kita daisɯki/

/salʔtʃak solɾesso nan/

 

 

日本語バージョンではkめっちゃ多い、原曲ではsめっちゃ多い、というのが分かると思います。 k以外にtにも太字をつけましたが、これはkとtが音素体系上、かなり似たグループに含まれるためです。kは無声軟口蓋破裂音、tは無声歯茎破裂音といい、音を作り出す際に使う部分が違うだけです。実際カ行やタ行を単音で発音しようとしてみると分かりやすいですが、kは舌の奥が持ち上がって口腔内の上に接触、tは歯茎の裏らへんに舌先が接触したあとすばやく離れることで音が出ます。この接触→すばやく離れる、という調音方法をとるのが破裂音です。

他方で、/s/は無声歯茎摩擦音といい、tと同じく歯茎に舌が触れるため調音点は同じなのですが、調音方法が異なります。/s/~~~~~~~とエスを伸ばして言ってみると、その際、歯茎と舌の間に隙間を作って、そこの間から音を出しているな…という感触がつかめるかと思います。/s/の特徴として、他の子音と違い、母音と交じり合わずにその場に滞留することができるという点があります。音符への触れ方とでもいうんでしょうか…歯と舌という阻害物がありながらも、音符が始まる手前からその間を通ってすいっと滑り込んでいけるようなモビリティのある音韻です。このへんはかなり個人的な感覚で語っていますが、でもやはり破裂音の続く日本語バージョンと比べるとタッチがずいぶんソフトで、爽やかな風が吹いているような手触りがします。

 

総括すると、なぜここまで音韻上における変換がありながら日本語バーの「キュンときた大好き」がそれほど違和感なく聴こえてくるのか?に関しては、原曲とは別の形ではまっているからと言えます。"NONSTOP"はMoombahton~Tropical Houseの要素が強く、ブリッジの後にドロップが来てサビの概念が希薄なEDMジャンルの快活な楽曲であることから、単純にこういう無声破裂音がタカタカ連続する音韻が合致し、原曲とは異なるニュアンスでの捉え方が可能になっているのではないか…と思いました。

 

 

楽曲ローカライズの難しさ -古家さんのエントリから

 

それでは、続いて②韓国語の原曲と意味が変わっている、ということについても考えてみたいと思っていたのですが、タイムリーにTLに回ってきたある記事の紹介をさせてください。6月25日に出た記事で、古家正亨さんの日本語バーCDに関するものです。

 

 

前半は、日本におけるビジネスモデルとしての洋楽カバーの興隆、著作権の厳しさとそれによるアーティストの手厚い保護に端を発するアジア圏アーティストの日本進出と、彼らにとっての日本語楽曲カバーや日本語による楽曲の重要さ、といったCD時代の歴史を振り返っており、興味深い内容でした。

 

後半では、そういったビジネスの側面だけに目を向けるのではなく、アーティストの日本ファンに対する「心」を見てほしいとして、歌手シン・スンフン氏の発言を取り上げています。このシン・スンフン氏の話、古家さんラジオとか結構いろいろな所でしていて個人的には耳タコなのですが、二点ほど指摘したい部分があります。

 

 

まず第一に、古家さんの態度は韓国人アーティストの日本語バーに関する是非がなぜこんなにも繰り返し繰り返し、議論として持ち上がるのかという問題を、アーティストの「心」という、なんだか耳障りのよい言葉で水に流してしまっている、という点です。 

 

Kの者である皆さんであれば多くの方が頷かれると思いますが、日本語へとローカライズされたKPOPアーティストの楽曲は、どうしても韓国語の原曲に劣っているな、と評価せざるを得ない場合が圧倒的に多いです。トラックは変わらないので、純粋に楽曲にだけ絞ればその主な作業対象は、歌詞の日本語への変換ということになります。当記事で触れたのはそうした韓国語と日本語の音韻の違いを意識した楽曲ローカライズ作業のほんの一端に過ぎません。さらには原曲のコンセプトや楽曲全体のニュアンスも保ちながら、自然に聴こえるように、要所要所の押韻も踏まえつつ、アーティストが歌いやすいように、歌詞を作っていく。これ本当に大変な仕事だと思います。以前、おまごるの"ハンバルチャ トゥバルチャ"がどんな日本語バージョンになってしまうのかが心配すぎて、他のグループの日本語楽曲ローカライズについて採譜してライミングを中心に比較検討したことがあります。その中で際立って優れた内容となっていたのはRed Velvetの"Dumb Dumb"で、担当チームの「韓国語の音韻を損なわないようにしよう」という心意気がめちゃくちゃに伝わってきました。詳しくは拙ブログの過去記事を参照していただければと思います。しかし、同時に発表された”Russian Roulette”と"Red Flavor"では「ヤバい」と歌うスルギ、「ガチで」と歌うジョイ子の声が聴こえてきて「嘘でしょ…」となったんですが…("Dumb Dumb"とは別のチームが担当しています)。"Dumb Dumb"のような素晴らしい完成度の楽曲ローカライズは本当にまれで、他方では原曲の良さを生かしきれていない日本語バージョンの粗製乱造が繰り返されている状況があるわけです。

 

もちろん古家さんは何十年間も韓国のポップスを注視し続けてこられ、またラジオDJやイベントプレゼンターとして本当に多数のアーティストとの交流があり、日本語楽曲を制作するチームの方々とも関わられていることでしょうから、それぞれの日本語楽曲に対する思いや制作の上での大変な苦労をご存知の上で、こういう結論としてお話をされているのだと思います。でも、その状況をアーティストの「心」ということで良い話にしちゃって終わりでいいんかな?と、私は思いました。

 

 

第二に、これは上記記事のシン・スンフン氏の発言にある部分。

 

「…歌に込められた想いを100%理解しながら聴いてくれる、そんな外国人のファンがどれだけいるでしょうか。特に(外国人のファンが)バラード曲の詞を理解するのは難しいと思う…」

 

 

これ端的に、音楽作って歌ってる人がこういうこと言っちゃうんだ…となったんですが、もちろん人によるだろうと前置きはしますが、そんなに歌詞の、意味が、分からないと駄目なんだろうか…良い歌を聴いて心を打たれるときって、まずその内容や思想に感動させられるのでしょうか?歌い手の歌声の身体的な受容が、ことば(=こころ)に先立つのではないでしょうか?さっきも話したように、私、ハンバルチャの日本語バージョンがとても心配でした。東京ペンミでのお披露目のときは日本語歌詞を聴き取るのに必死でした。でも次にコンサートでハンバルチャの日本語バージョンのステージを観たときには、素直に、高鳴る胸を押さえていました。おまごるの7人(アリンも含めるぞ!!!)は日本語の音声表現に堪能であり、その日本語ヴォーカルディレクションを行っている方もきっと腕の立つ方なんだと思います。日本語バージョンの制作においてはそれらの要素が、もともと7人それぞれの声質が示す際立った個別性と結びついているゆえに、(個人的には)ローカライズが成功しているのだと思います。完璧な日本語楽曲ローカライズは大変な作業ですが、別に無理にそんなことしなくても、ファンに想いが伝わらないことは全然ないんじゃないの?と、そういう風に思います。意味が内容が…と思ったときは、順番として感じる前に頭で考えてはいないか一度立ち止まってみるといいかもしれません。

 

 

あんまり結論ぽい結論を出せませんでしたが、こういう批判的なこと書き散らしといて何か一般のファンにできること提案できんのお前?という反論があるかもしれないんですけど、これは私たち自身のエンターテインメント享受者としての立ち回り、アティテュードの問題ということになると思います。享受者である一人一人がエンターテインメントを何となく受容するのではなく、主体的に考えて咀嚼して判断する、みたいなことです。私の場合は音楽が好きなので音楽のことを考えていろいろ言いますけど、それが舞台の芸術性のことでもいいし、衣装やメイクでもいいし、MVから見てとれる男女の権力非対称性について考えてもいい。とにかくKぽという媒体が提供してくれるものから受けた衝撃を通して、耳障りのいい受容のしかたに留まらず、自身の視界を広げていくみたいなのが大事。なんか古家さんの記事みてそんなことを考えました。

 

…全然おまごるの話から離れてる~~~?!?! 

 


헤이즈 (Heize) - And July (Feat. DEAN, DJ Friz) MV

 

 

7月ですね。〆どころが分からなくなったので今月の歌"And July"

私の一番好きな歌い手、DEANの声を聴いていってください。おしまい!