OH MY GIRL「NONSTOP」ミミのフロウ分析
はじめに:私達はミミのラップを聴いてこなかった
4月27日18時に発表された、OH MY GIRL(以下おまごる)7枚目のミニアルバムタイトル曲、"NONSTOP(살짝 설렜어)"。
この日残業しないために1週間頑張ってきた私、定時退勤で雨にぬれながら爆速で帰宅アンド即MVを再生しました。
NONSTOP CITYという、彼女達の街の色合いに溶け込むようなバイオレットの衣装で飛び跳ねるおまごるちゃんたち。
私も大好きな色で「この街住みたいわ~~」とか思いながら視聴していたんですが、1分半過ぎでカウガールのミミが出てきたあたりからふと気づきました。
このカムバック…もしかしてガチのミミ回?
おまごるには、特定のセンターポジションの役割を持つメンバーはいません。日本でのイベントに出かけると、各メンバーの人気がかなり均衡しているグループであることが分かります。とはいえ各カムバックにおいてさまざまなコンセプトを打ち出してくるおまごる、毎回その象徴としてスポットライトの当たるメンバーがいます。それが今回、ミミだったのです。
SNSの反応を見ていると、「ミミちゃんラップかっこいい!」「キムミヒョン(ミミの本名)のラップやばいんだが?」といった声があちこちで飛び交っています。
普段ラップやHIPHOPを聞かないであろう人たちも、この楽曲ではミミのラップが大きくフィーチャーされていること、あるいは主観的体験としてそのスキルのやばさが発揮されていることに気づいている。"NONSTOP"のミミはただごとじゃねーーーとなっている。ですが、逆にこういうことも言えます。今までうちら、ミミのラップのやばさに気づいてなかったのでは?
それでは、ここからは"NONSTOP"におけるミミのラップのやばさを具体的にどのように評価すればいいのか?という提起をもとに議論を進めていきます。
まず背景として、KPOPアイドル楽曲の中でのラップの位置づけ、そしてラッパーの役割に関していくつかの例を挙げていきます。
1.アイドル楽曲におけるラッパーの役割
1)PRODUCE48"다시 만나"のケース
過酷・苛烈な凌ぎ合いと華麗なステージ。アイドル練習生たちのサバイバル番組として、今や悪名高き代名詞となってしまったPRODUCEシリーズ(プデュ)。
プデュではおなじみの「コンセプト評価ステージ」。色々なスタイルの曲が見れて楽しい反面、推しメンバーの当落もシビアさを増していく、緊迫したステージが続きましたね(2020年はプデュを過去形にしていこうな…)。
2018年、PRODUCE48コンセプト評価のうちの1曲"다시 만나"(タシマンナ)では、共に現IZ*ONEの宮脇咲良とカンちゃんことカン・ヘウォンがラップポジションを務めました。もちろん、ポジション分けは舞台全体を通してどのようなパフォーマンスを展開できるかを念頭に行うでしょうから、単一の要因でポジションが決まったとはいえません。
しかし、2人がパク・ヘユンや竹内美宥、ワン・イロンといった他のコンセプトメンバーと比べると歌唱力で劣っていることは明らかでした。(メンバーの練習を見た作曲者のイ・デフィもイロンと咲良の歌唱力に関しては「全てにおいて」イロンに軍配を上げていますが、その上でパフォーマンスの華となるセンターポジションには咲良が適任だ、と発言しています)
[ENG sub] PRODUCE48 [단독/10회] ♬다시 만나ㅣ′대휘 선배님의 선물′ 약속 @콘셉트 평가 180817 EP.10
プデュに限らずアイドルグループのポジションを構成する際に、各メンバーのラッパーとしての資質をヴォーカリストとしての資質、あるいはパフォーマーとしての資質に優先して求めることは想像しにくいといえます。PD48タシマンナのエピソードは、KPOPの楽曲においてラップが付随的な要素であること、その認識のもとに楽曲構成・舞台制作が進められているであろうことを示唆する一例といえるのではないでしょうか。
2)高等ラッパー2 SF9フィヨンのケース
SF9はFNCエンターテインメント所属、FTISLANDやAOAといった実績あるグループの弟分に当たります。
このグループのサブラッパー、フィヨンはMnetのラップサバイバル番組「高等ラッパー2」に出演した際、彼らのデビュー曲で自分のパートが半ワードしかなかったと話しました。番組内でも驚くメンターと高校生ラッパーたちのコメントが紹介されていますが、半ワードって果たしてどのくらいの短さなのか、1度"Fanfare"聴いてみて下さい…
フィヨンちゃんのパート、気づけるかな♪(1:21です)
SF9 Fanfare -Japanese ver.-【OFFICIAL MUSIC VIDEO 】
SF9は4人のラップ担当がいるためフィヨンがこのような信じられない不遇をこうむってしまったのですが、そもそも3分以上ある曲で半ワードしか割り当てられないメンバーがいるということ自体、驚きではないでしょうか?このケースからもやはり、KPOP楽曲においてラップが相対的に枝葉の部分に追いやられていることが窺い知れます。
(なお現時点でのSF9最新曲"Good Guy"では、フィヨンは何と8ヴァースラップしています。良かった~~。)
3)(G)-IDLE チョン・ソヨンのケース
皆さんは現役のKPOPアイドルのラッパーの中で、誰が最も優れたラッパーだと思いますか?今回は分析対象が女性アイドルの楽曲なので、フィメールラッパーの中で、ということにします。1人や2人、何となくでもこの人上手だなーと思うアイドルが浮かぶのではないでしょうか。
私の考えでは、現役では(G)-IDLE(以下あいどぅる)のチョン・ソヨンということになります。
あいどぅるの作曲や全体のプロデュースにも関わるグループ内の総合的な位置づけという色眼鏡を差し置いても、彼女のフロウは一度聴けば次から誰のものか考えるまでもなく脳裏に刻み込まれます。↑のキャプチャーはプデュ1の時のフリースタイルですがリリックもすごくいいですよね…
しかしながらそんなソヨンの属するあいどぅるでも、ソヨンがその素晴らしいラップを披露する機会は限られています。彼女は6人のメンバー中でもかなりパート割の多い方ですが、ラップしている箇所は1曲で多くても2パートです(例外として”$$$”というB面曲では、冒頭から16ヴァースのスキルフルなラップを展開しますが)。
あいどぅるはあくまで6人の王の共同体で、ソヨンの突出した音楽的才能ばかりを押し出していくわけには行かないのでした・・・(急にオタクの妄言を入れるな)
ソヨンのフロウを楽しむなら、オススメなのはSHINEEキーの"I Wanna Be"やSMエンターテインメントのコラボ企画での"Wow Thing"といった客演作が良いので是非聴いてみてください。
KEY 키 'I Wanna Be (Feat. 소연 of (여자)아이들)' MV
[STATION X 0] 슬기(SEULGI)X신비(여자친구)X청하X소연 'Wow Thing' MV
2.OH MY GIRL ミミの場合は?
それでは、続いてMCとしてのミミの評価およびOH MY GIRLの楽曲におけるミミの果たしてきた役割を検討していきます。
まず、私見ですがミミのMCとしてのスキルはフィメールラッパーの中でかなり優れていると言う認識です。
フロウの独特さ、デリバリーの強靭さ、リリックライティングやライミングにおける言葉選びのクレバーさといった点がその根拠に挙げられます(本人の話によればコンポーザーの資質もあるようです、自作曲作ってるけど事務所が出してくれないんだよ~アハハだそうです)。
にもかかわらず、ミミの場合もその実力を発揮できる場は限られていました。
おまごるがこれまで得意としてきたコンセプトでは、概してラップを中心に据える余地がありませんでした。
そもそもおまごるの名曲といわれる楽曲群にはラップパートのないものも複数あります。"비밀 정원(ぴみじょ)"、"한 발짝 두 발짝(ハンバルチャ)"、"WINDY DAY"などです。これらの曲ではミミはサブヴォーカリストとして曲を支えていますが、ほかのメンバーに比べれば歌い手としての役割はかなり限定的といえるでしょう。
また、"다섯 번째 계절"(5番目の季節)のように優しく囁くようなラップを聴かせることもありますが、ミミの表現力の多様さということはできても、あくまで"5番目の季節"の流麗な曲調とコンセプトに合わせた中でのパフォーマンスといえるでしょう。
오마이걸_한발짝 두발짝/OH MY GIRL_Step by Step/교차편집_Stage Mix 1080p 60f
そんなミミが、実は1曲丸まるラップをしている曲があります。
昨年10月、彼女のYoutube個人チャンネルにアップされたイリオネアレコード所属のラッパーBeenzino(以下ビンジノ)のカバー、"Break"です。
[밈PD | MimPD] Beenzino -Break(cover.)_ Mimi(solo)
シンプルなトラックでリズムキープが重要ですが、原曲にアレンジを加えつつビンジノに全く劣らない強靭なデリバリーを披露しています。デリバリーは、伝わりやすい発声・ライミング等のヴォーカルテクニックを指すと思ってください。
サイン会で一番好きなラッパーを質問した時真っ先にビンジノを挙げていたミミですが、少なくとも日本ではこのカバーは全く話題に上りませんでした。
ミミ、韓国で1番好きなラッパーはビンジノという手堅い回答…
— Chihiro Watanabe 치히로 (@Chiphilosophy) 2019年6月30日
これまで発表されたおまごるの楽曲で最もミミのラップが輝いている!と言える曲は、ぴみじょのBサイド曲でありサブ活動曲にもなった”Love O'Clock”です。
↓1分50秒~ 溌剌とした声質を生かしたミミらしいフロウがついに爆発!!!!!!!!
[OH MY GIRL - Love O'clock] Special Stage | M COUNTDOWN 180222 EP.559
しかしながら、この曲にしてもラップは1パート、8バースのみ。
また、タイトル曲の中では"불꽃놀이"(Remember Me)で8バースx2回の出番がありましたが、擬音語を含んだ口ずさみやすいラップであり十分にスキルを証明できる場とはなっていませんでした。
ここまでの議論から、私達は"NONSTOP"がリリースされるまでミミのラップを聴いてこなかった、というよりは聴く機会に恵まれてこなかった、といえます。
ただ、逆に言えばミミの本当のラップスキルを初めて耳にし、そのやばさにみんな驚いている…というのが、冒頭で触れた状況の説明になるのではないでしょうか。
3.本論 ダイアグラムによるミミのフロウ分析
ようやく本論に入れます…適宜、"NONSTOP"のMVを再生しながら読んでいただければ幸いです。
[MV] OH MY GIRL(오마이걸) _ Nonstop(살짝 설렜어)
ここからは、"NONSTOP"におけるミミの全バースを書き起こし、フロウのダイアグラムに当てはめて分析を行っていきます。お目汚しかもしれませんが、ブログでダイアグラムを表現するのが難しいので手書きノートの画像で説明します。
フロウのダイアグラムについては邦訳が出ているポール・エドワーズの『How to RAP』 の85-99ページに詳しく、興味のある方はご参照ください。あと去年Red Velvet"Dumb Dumb"の原曲/JP ver.のラップの違いを同様のダイアグラムで分析しているので、下記の記事も是非ご覧ください。
簡単な見方としては、横の4つに区切られた列は1小節(4拍)を示しています。赤字でまるPと入れたところは大小の休符(ポーズ)です。3とかかれた連音符でつながれた部分は、3連符でフロウしているところです。
1パート目 0:32~0:39および
0:44~0:47
2パート目 1:33~1:41
3パート目 2:17~2:31
楽曲のスタイルは、Tropical HouseとMoombahtonの組み合わせを基調としたEDMポップと総括できそうです。
この曲でミミは都合18バースもラップしています!
アドリブ部分も含めれば曲全体の実に4分の1以上を担当しており、パート割の面では印象だけでなく数字上もミミが大きくフィーチャーされていたことが分かります。
1)1パート目 Aメロ
ユアとヒョジョンが先行して歌うAメロから続きます。トラックはムーンバートン要素が強く、ミミのラップするメロディの音程の動き幅は少ないです。間に挟まれるジホ様のスウィートな声とは対比的に抑制の効いたフロウを聴かせます。
所々シンコペートしていますが聞き取りやすい2連ライムや3連符を3小節連ねるなど、地に足のついたフロウで丁寧にラップしているな、という印象です。
ライミングについてはbody/burning/burn/butといった頭韻を細かく散りばめているのが目立つのと、先述しましたが2連ライムが印象的です。
요즘(よじゅむ)/오늘(おぬる)
내일(ねいる)/매일(めいる)
다른(たるん )/아는(あぬん)
と、聞き取りやすく気持ちいいパーフェクトライムとファミリーライムを2語連続して踏んでいく、という特徴がみられます。
2)2パート目 サビ後
続いて2パート目、サビの直後。
「NONSTOP~♪NONSTOP~♪ NONSTOPNONSTOPNONSTOP~♪」とジホ様の声にぴったしの可愛いパートでは、トラックはハイハットロールが入りトラップビート風に。そして、ゆあたまの強いBlah!!!!に続いてミミがカットインしてきます。
このパートは4小節と短いですが、メロディの動きが大きくなったことに加え音節と音節の間を「むんじぇ~や」「れい~だ」と溜めを作っていたりして、シンギングラップに近いような身ごなしという印象を受けます。ポーズ(休符)の大胆な使い方もあって、かなりレイドバックしたスタイルです。2~3小節目に語尾を야で踏んでる部分、オートチューンでのアドリブ(Yah!)と兼ねて使っているところもアイデアだと思います。
식케이 Sik-K - party(SHUT DOWN)(feat. 크러쉬(Crush)) Official Music Video
余談ですがシンギングラップといえばシッケイことSik-Kを挙げずにいられません。
今年に入ってm-floの楽曲"tell me tell me"にeill、向井太一とともに参加し日本語での歌唱に挑戦しています。
このパートはシンギングラップを交えたゆったりしたフロウですが、バックトラックがトラップビートへと変わりオートチューンも入ってきたことで、それまでの流れとは乖離したテクスチャーで浮遊的なミミのラップが聴けます。スイッチ役としてそこに連れていってくれるのはグループで最もミミの声質に近い発声のできるゆあたまであり、そしてNONSTOP CITYの次なるコマへと連れ出してくれるのは、爽やかな風が吹き込んでくるようなアリンのクリスタルボイスなのでした。
3)3パート目 サビ後の大サビ
さて、今回のミミのパートで一番の見せ場はこの3パート目です。
AメロやBメロといった曲の構成要素の一部分ではなく、大サビを担う重要なパートで
す。
1ヴァース目の間延びした"I~"のフロウから始まるこの3パート目こそ、NONSTOPのミミのラップやばいと思った人全員引っかかった部分なのでは?思ったのですが、どうだったでしょうか?
まず1~3小節頭の"I~" "Night~" "Time~"、はもちろんライミングしているのですが、”I have to go to the bed by night.”という何の変哲もない英語の文章を、小節またぎでライム/フロウすることでここまで印象的に聴かせる、というところに凄みがあります。
そして、間延びしたフロウを3小節聴かせた後に突如ギアを上げていくのが4~5小節目…かとおもいきや"네가 원한다면 내가 뒤"、でポーズを入れて文節を区切ります。変則的なリズムを生み出すことで、下がって2マス、一歩前に1マス、という歌詞の通り、恋愛の駆け引きをしているかのように遠ざかっては近づく、絶妙としか言いようのないフロウを繰り出していくのです。
おわりに
ここまで見てきたように、おまごるの楽曲におけるミミのラッパーとしての役割は、過小評価されていたとしても仕方のないくらい限定的なものでした。パート割の少なさだけではなくコンセプトや曲調に合わせたフロウをとらざるを得ない事情から、彼女のフロウの特異性は隠されたままとなっていました。
しかし、"NONSTOP"においては3パート・18バースという暴れまわるには十分なスペースの範囲で、それぞれ異なるスタイルのフロウをかますことに成功しています。特に最後の3パート目では、楽曲が終盤へと展開していく場面で、歌詞の内容と重なるようなテクニカルなフロウと正確なデリバリーにより強くリスナーの耳目を惹きつけました。これからもミミとおまごるに、たくさんの愛と関心をお願いします。
おまけ
"NONSTOP"のようなTropical House(+Moombahton)ジャンルの要素を含む曲の90分程度のプレイリストを作りました。お時間ある方は是非~!
おしまい♪